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episode 04 変わり始める心




 俺は多分、混乱していた。

 突然、咲良が現れて懐かしくて、嬉しかった。反面、困惑もあったんだ。


『咲良。絶対にここ、動くなよ』


 だから、落ち着く必要があると思ってアパートを出ることにした。小さく、わかったと返事をした咲良は少し悲しそうな目をしていた。

 逃げるようなことをして悪いと思っても、俺の足は外に向く。整理するために。違う。今、咲良の言葉を聞いたら、どうしてかと追求されたら。全て言ってしまいたくなる。


 俺は、弱い。とてつもなく弱いから――。


 三十分近く歩いたところにあるコンビニに入って適当なものを買い、カフェスペースの端に座る。

 自然とため息が出た。タバコを忘れてしまったので、仕方なくコーヒーで誤魔化す。


 その時、珍しく俺のスマホが音を奏でる。咲良かなと画面を確認すると、違う人物で思わず凝視していた。

 いつもだったら無視していた。ただ、助けが欲しくて、安心したくて、スマホを耳にあてる。


「もしもし?」

『うわ、電話出たよ! 奇跡かよ!』

「酷い言われようだな」


 祐介が本当に驚いた声で叫ぶ。まあ、電話に全く出なかったんだし、驚かれても仕方ない。


「で? なにか用か?」

『なにかどころじゃない。咲良ちゃんが行方不明だ!』

「え?」

『いないんだよ。今日は大学来なかったしさ』


 言いづらい。

 あいつ、誰にも出かけること言わなかったんだな。そりゃ、行方不明だって思われて当然だ。


 無口な親父さんの顔を思い出して、俺は急に背筋が伸びる。これ以上、心配させるわけにはいかない。


「ウチにいる」

『え……』

「昼間にこっちに来た。でかい荷物持って」


 沈黙。

 多分、相当探し回っていたみたいだな。捜索願出されなくてよかった。犯人になるところだ。


 それにしても、本当に咲良は何しに来たんだろう。

 あいつは、会うのに理由がいるかと問いつめてきたけど。いきなり来るなんて、やっぱり普通じゃない。


「祐介、わからないか? 咲良がいきなり来た理由。そっちでなにかあったんじゃないかって思ってさ」


 電話の向こうで唸るような声が聞こえる。やっぱり何かあったんだろうか。


『オレ、この間告白したんだ。咲良ちゃんに』

「うお、本当か?」

『ま。振られたけどさ』


 話に夢中になっていて、店員に睨まれていることに気づかなかった。でかい声、出しすぎた。

 俺はコーヒーを持って外に出る。そして、改めて祐介に聞く。


「咲良がこっちに来たのと関係あるのか?」

『……多分、だけど』


 祐介が口ごもる。余程、言いにくいことみたいだ。


『言っていいのかな。でも、言わないと亮はわかってくれなそうだし』

「俺?」

『今から話すことは、電話切ったらなかったことにしてくれ』

「なんだよ」


 祐介が深呼吸している。俺は歩みを止めて、声に集中していた。


『咲良ちゃんが好きなのは亮。お前だよ』


 祐介は何を言っているんだ。

 俺がどれだけ離れようとしているのか、そんな努力も知らないで好きに言ってくれる。


『咲良ちゃんが見ているのは、お前だよ。亮』

「……まさか」


 俺は何も言えなくて、黙ってコーヒーを見つめる。


 いつの間にか氷は溶けてしまい、このカップみたいに俺も汗だくだ。暑いからじゃない。


 俺は焦っている。こんなに上手くいかないなんて、もうどうしたらいいかわからない。


「咲良にきいたのか? 気持ちを」

『いや、きいてない』

「だったら――」

『いや、お前だ』

「どうして言い切れる」


 怒ったように言えば、祐介の大きなため息。わざとらしくてイライラする。


 何年か前に閉店したらしいラーメン屋の脇。放置されていた椅子があって、俺はそれに座る。


 見上げれば星空。気づけば午後九時だ。咲良を待たせすぎている。


『亮が大学で東京行ってさ、あいつ変わったよ。多分、気づいたんだと思う。本当の気持ちに』


 祐介の声の調子が落ちる。こんな祐介をあまり知らない。

 思い詰めていたものを全部吐き出すみたいに喋って、寂しそうな感じも伝わってくる。俺も苦しくなってしまう。


「俺が原因とは言い切れないだろ。大学に好きな奴でもいるんじゃないのか?」

『毎日だぞ。会うたびにお前の話をしてるんだ。それでもか?』


 頼むから、それ以上言わないでくれ。お願いだから、俺をほっといてくれ。一人にさせてくれ。


『だからさ、亮。咲良ちゃんの想いに応えて――』

「無理だ」


 即答したことに驚いて、祐介は押し黙る。


『亮?』

「俺のことはほっといてくれ」


 祐介は何度目かのため息をつく。しばらくの沈黙の後、やっと喋り始める。


『亮。なんでこの話になるとムキになるんだよ』

「なってない」

『なってるよ。やっぱり咲良ちゃんのこと――』

「ない!」

『亮がそう言うなら、今後はなにも言わない。でも、苦しくなるようだったら素直になれよ。オレは二人が付き合ったら、すごく嬉しいんだよ』


 目の前に祐介がいるような気がした。

 嬉しいと言って、振られたばかりなのに笑っている。祐介はそういう奴だ。すごく優しい親友なんだ。


「ありがとう」


 あの日、咲良が死んでしまって、もう立ち上がれないと思った。でも目の前に姫巫女が現れて、願いを叶えてくれた。


 ――――想いを告げてはならない。


 その代償は、俺の心を少しずつ抉っていく。幸せが咲良を包むと思っていたから、叶えた願いだ。


 でも、何でうまくいかないんだろう。


 祐介が告白を失敗して俺は辛かった。そして、なぜかほっとしていたんだ。


 最低だ、本当に。


 自分が嫌い。自分の醜さにイライラする。このまま壊れてしまいたい。俺なんか、消えてなくなってしまえばいいのに――。




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