episode 04 助けたいから
金曜日に講義はない。だから来てしまったと咲良は説明する。それが本当のことか、嘘なのか、わからない俺じゃない。
しばらく離れていたとはいえ、どのくらい付き合いがあると思っているんだ。でも、すぐに聞ける雰囲気じゃなかった。
『ねえ、お腹すいちゃった』
そう言った咲良のためにファミレスで昼飯を食べ、なぜか観光に付き合わされて、コンビニで適当に買って帰ってきたのは午後七時。
狭いアパートは片付けもされていなくて、咲良が手伝ってくれた。そして見つかってしまった。
「タバコ……」
「…………」
弁明、出来るわけがない。本棚に詰まっている煙草の量。灰皿はあるし、臭いだって気づいていたと思う。
「タバコ?」
「咲良、あの……」
「亮ちゃん、何だか変わったよね」
めちゃくちゃ怒られると思って構えていた俺は、意外にも寂しそうに呟く咲良に戸惑う。予想していたのと違う。
「でも、元気そうでよかった」
話題がそれる。俺としてはよかったけれど、何だか咲良の様子がいつもと違う。拍子抜けだ。
「亮ちゃんがしっかり大学に行ってるとか、信じられない」
「俺だってそう思う」
咲良は机に広げたままだった教科書を眺めている。
そういえば、テスト勉強の最中だった。わからない部分、聞き損ねたままだ。
「なあ、咲良」
「なに?」
「お前、今日の講義サボっただろ」
「え。今日は――」
「スマホで、金曜日が一番大変だって言ってたのは誰だよ」
「えへへ、バレちゃった」
可愛らしく笑っているが、サボるとか信じられない。あの咲良がサボるようになるなんて。
ずっと同じだと思っていたけど、さすがに一年半経つと変わるもんだな。
髪の毛も縛ることをやめて、服装もどことなく女らしくなって、化粧もしてるし、綺麗になった。
俺も、変わったのかもな。
「亮ちゃんさ。ちょっと厳しくなった?」
「お前がコンニャクみたいになったんだろう」
「大学生ってさ、一回や二回はサボるでしょ?」
「一般論は聞いてない」
「亮ちゃん、怖い」
咲良のやつ、何しに来たんだよ。
咲良だってずっと東京に来ることはなかった。無言の別れを駅でして以来、ずっとメールでしか繋がっていなかったのに。それが突然、何の連絡もなしに現れた。
何かあったと思うのが、普通の反応だろう。
「なあ、そろそろ話せよ」
そう言うと、やっと咲良はベッドの上に座る。俺が買ってきたジュースを渡すと、一気に半分まで飲んだ。それ、炭酸なんだけど。
「ごめんね、いきなり押しかけて」
あんまり切なそうに言うから、俺は黙るしかなかった。
「亮ちゃん、電話出てくれないし」
「俺のせいかよ。メールに残せばよかっただろ」
「文字にしたくなかったの。ちゃんと声きいて、自分で考えたくて」
悪いことしたな。
考えてみれば、最近は何度か電話があった気がする。出ろと叫んだメッセージが留守電に残っていたこともあった。
咲良にとっては、切羽詰まっていたわけだ。
「言い訳するとだな。最近は出ようと思ってたんだぞ」
「嘘だ」
「いや、本当だから」
「ま、いいや」
「いいのかよ」
あっさり切り捨てるなんて、腕上げたな。傷ついたぞ。
そんな俺の様子に咲良は微笑む。
「ところで最近、祐介くんに会った?」
「いや。メールのやり取りくらいかな」
「へえ」
「へえって」
たまに祐介からメール貰って、大学が楽しいようなことを言っていた。
咲良と同じ大学に行きたいって、ものすごい努力していた。確か、学科が違うからレベルはそこまで高くなくて助かったなんて言っていて。何だか懐かしい。
咲良は何か話そうとして俺の顔、間近まで寄ってくる。
「なんだよ。本当に何しに来たんだよ」
「亮ちゃんさ、本当に変わった」
「え?」
咲良は残りのジュースを飲み干し、勢いよくそれを机に叩きつけた。
「どういうことだよ」
さすがに俺はムッとして、咲良を睨んでやる。でも、咲良は一つも怯まない。それどころか、強い目をそらさず威嚇する。
「理由、必要?」
「は?」
「会いに来る理由って必要なの?」
そして、なぜか咲良は怒った目をしたまま泣き出す。
「咲良」
「少なくとも、高校の時は理由なんていらなかった。亮ちゃんの家に行くのはいつも通りのことだったよ」
「そうかもな」
「亮ちゃん、冷たいよ」
胸が痛い。心が苦しい。
海の底に沈んでいくみたいに、俺は空気を求めてもがいている。でも、俺は陸にあがることを許されない。
咲良のために。けれど、そんな俺の行動が傷つけてしまっていることも事実だ。
「ごめん」
「謝らないでよ。亮ちゃんのこと、助けたいだけなんだよ。なにが亮ちゃんを変えたの?」
言えるわけないだろ。
言ったら、何もかも終わるんだ。そう、終わる――。
俺は今、何を願っている? 俺はどうしたんだ。
『咲良を守りたい』
そう、ずっと願っていたはず。ずっと……。




