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episode 04 嵐のような訪問者




 結局、あれは母さんがやったことだった。二人は時間に間に合わないと思っていたから、声がした時は本当に驚いたのだという。

 言うか言わざるべきか悩んで、家を出る時にメールしたらしい。

 確かにあの後に、何件も咲良から着信があった。電話には出なかったけど、実際に二人の顔が見られて嬉しかった。

 思い出すだけで、頑張れるような気がする。


 まるで時間の経ち方が違う。大学は高校と違ってとにかく忙しかった。正直、サークルなんて入っている場合じゃない。


 元々、勉強する時の要領が悪い。大学だって余裕で受かったわけじゃない。

 特に目的も持たず、資格だけを目当てに取りあえず決めた大学だ。やる気よりも、義務感だけで机に向かっている状態。


「はぁ……こりゃあきかなきゃわかんねえな」


 夏休みが終わり、九月半ばにテストがある。一応、八月いっぱいで夏休みは終わったのだが、テスト前の休みってことでまだ継続している。


 俺は大学へ行くため、急いで身支度を整える。難問に答えられるのは、友達よりも教授の方だ。


 大学二年、二十歳。すっかり俺は変わった気がする。

 咲良が嫌っていた茶髪もやめた。ただ染めるのが面倒になっただけだけど。しかも、ピアスまで付けている。これは友達に無理やり付けられたやつだ。正直、痛かった。もう絶対にやらないからな。

 それに、煙草。


「母さんにバレたら怒られるどころじゃないな」


 いや、むしろ咲良の方が怖いかもしれない。


 最初は興味本位で手に取った。大人になったような気分に浸っていたバカなガキだったと今でも思う。

 勉強が上手くいかなくてヤケになって、そんな時に吸うと気持ちが落ち着いて病みつきになってしまった。多少、後悔はしてる。


 大学まで歩いて三十分。昼時になってしまい、教授がいるかどうかわからない。少し待てばよかったかと、我ながら考えずに出てきたことにげんなりする。


 まだ蝉が鳴いている。

 東京とはいえ、公園や街路樹なんかで緑がわりとある。田舎に比べたら蝉の声は静かな方で、大合唱レベルのうるささはない。


「みんな元気かな」


 ふと蝉の声に咲良や祐介を思い出す。

 無料通信アプリで、たまに連絡を取り合うことはある。ただ、忙しいのを理由にして、実家に帰ることも招くこともしていない。

 それに電話にも出ない。声を聞いたら、咲良にも祐介にも会いたくなるから。


 しかし、大学に通い始めて一年半。そろそろ怒られそうだ。

 だから、次に電話がかかってきたら出ようと決意したけど、そんな時に限って連絡がない。

 呆れてしまった可能性があるな。それとも、完全に忘れられたか?


 街路樹の木陰を探しながら歩く。もうすぐ大学に着くが、その前に暑さで倒れそうだ。

 九月に入ったというのに秋の気配すら感じられない。


「知らないってなによ!」

「いや、そう言われても。そうだ、学生課に行けば……」

「ちょっと女性に対して冷たくない?」


 大学前。人通りがそれなりにある。ほとんどが学生みたいだけど。大通り沿いなので、車も結構走っている。

 そんな喧騒を突き破るように言い争う声が聞こえた。


 サークルか何かの活動か? それにしては、ちょっと激しい。学校内ならまだしも、外で大声出すなよ。同じ学生として恥ずかしい。


「だから、亮ちゃんは有名人のはずなの! カッコイイし、頭いいし!!」


 思わず歩みを止めていた。

 叫んでいるのは、ロングストレートの黒髪の女性。可愛らしいワンピースは素敵なのに、どでかいリュック。田舎者、丸出し。


「咲良?」


 聞き覚えのある声。仁王立ちで男子学生に噛み付く勢い。全く可愛げがない。

 咲良。お前、何してるんだよ。


「知らないとかおかしくない?」


 俺を評価してくれるのは嬉しい。けれど、見知らぬ学生を捕まえて俺を知っていて当然と思い込み、聞くのはよくない。


 恥ずかしい。どうしたものか。やはり、ここは一度スルーするに限る。あまりにも恥ずかしすぎて大学生活に支障をきたす。


「あ! 亮ちゃん、いた!!」


 気づかれた。ヤバイ。

 俺は方向転換して、アパートに帰ることにした。もう、大学から離れよう。


「あ。待て! 雨宮亮!!」


 フルネームで呼ぶな。

 仕方なく止まってやると、懐かしい笑顔がそこにある。


 髪型が変わって、化粧の仕方も違う。雰囲気がすっかり大人の女性になったけど、彼女は俺の知ってる一ノ瀬咲良だ。


「違う意味で有名人になったぞ。どうしてくれるんだ、俺の大学生活」

「いいじゃない。友達増えるよ」

「妙な友達はいらない」

「そうとは限らないじゃない」


 咲良は高校の時と同じように話してくる。一年以上も会わなかったなんて、嘘みたいだ。


「コラ! 亮!!」


 呼び捨てにされた上に、どでかいリュックを渡される。渡した意味がわからない。


「連絡もしないで、あんたちゃんと大学行ってるんでしょうね? 夏休みくらい帰ってきなさいよ!!」

「は?」

「と、おばさんからの伝言だよ。三日前のだけど」


 いきなり人通りの多い場所で、大声出す。歩いている人が、まるで不審者を見るようにして去っていく。


「お前はなにしに来たんだよ」

「亮ちゃんに会いに来た」


 なぜか照れている。嬉しそうに腕を組んでくる。

 これだけの期間、離れていたのに。変わらず接してくるのは咲良ならではかもしれない。


「で? この荷物は?」

「亮ちゃん、今日泊めて」

「はぁ!?」

「うら若き乙女が野宿は無理よ」


 自分で乙女とか言ってる。泊まれなかったら野宿とか、脅しにかかるとはいい度胸だ。


「野宿でなく、ホテルとか泊まれよ」

「……高い」

「帰れ!」

「ぶー」


 本当に何しに来たんだ。嬉しいけど、いきなり来るなんてどうかしている。それに泊まらせろとか、よく考えろよ。

 俺たち、幼なじみだけど。男と女なんだぞ……。




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