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episode 03 桜舞う別れ




 桜舞う景色に、俺は姫巫女を思い出す。

 桜を見るたびに鮮明に思い出してしまうから、疑うこともなくなってしまった。不思議なほど、あの日あったことを素直に受け入れる自分がいる。


「亮、忘れ物はないわね?」

「ああ、大丈夫」


 母さんに声をかけられて、俺は卒業アルバムを閉じる。それをカバンに押し込む。


 午前十一時。駅のホームに人は少ない。

 俺は荷物を持って改札を抜ける。母さんも一緒についてきた。


 卒業式が終わって二日後。俺は大学に通うためにこの街を出る。

 何とか東京の大学に受かり、目的通りに二人から離れられる。有名な大学ではないが、それなりに頑張れたと思っている。


「本当に伝えなくていいの?」

「俺がそうしたいんだ」

「そう。なら、いいけどね」


 咲良や祐介に東京の大学に行くことは話したが、今日行くことは言っていない。見送りなんて気恥ずかしいし、このまま行ってしまった方がお互いの為のような気がしたから。

 卒業式が最後になってもいいと、俺は決意してここにいる。咲良の声が聞けなくても、祐介の笑顔を見られなくても、今はそれでいい。


 母さんだって変に思っている。何かに集中することのなかった俺がいきなり勉強を始めたんだ。咲良や祐介を避けるように。

 何かあったことはわかっているみたいだが、聞いてはこない。優しさなのかもしれないが、母さん自身は少し寂しそうで悪いことをしたなと思う。


 母さんが買ってくれたコンビニ弁当を受け取っていると、駅のホームに電車が入ってきた。

 出発まで三分。俺はすぐに電車に乗り込み、母さんを振り返る。いつの間にか大量の涙を流している。


「おい、大丈夫かよ。今生の別れみたいに泣かないでくれ」

「だって亮が家からいなくなるんだよ?」

「わからないでもないけど」

「嬉しくて……」

「嬉しいのかよ!」

「絶対、高卒で終わりだと思ってたもん」


 酷い言われようだ。遅刻はするし、勉強はしないし、苦労をかけたことは認めるけど。

 そうだな、俺も高卒で終わりだと思っていた。

 そんなとんでもない息子をたった一人で育ててくれた。本当に感謝しかない。


「母さん。ありがとう」

「あんたこそ、今生の別れみたいに言わない!」


 怒られた。先に言ったのは母さんなのに、何だか理不尽だ。でも謝ろうと口を開きかけて、電車の発車ベルが鳴り響く。


「気をつけて」

「母さんも元気で。後で連絡する」

「待ってるからね」


 ドアが閉まり、俺は母さんに手を振る。すると、母さんは驚いた表情で後ろを振り返った。


「え?」


 俺は不思議に思い、母さんの目線の先を追う。動き出す電車のお陰で、隠れていたものが見える。


 走ってくる二人。咲良と祐介だ。走りにくそうなワンピースを着て、祐介なんて寒いのに半袖だ。


「嘘だろ」


 まさか、こんな形で二人に会えるとは思わなかった。もう、しばらくは見られないと諦めていたのに。


 諦めていた? 俺は、本当は二人に会いたかったのか。ずっと、あの頃みたいに笑いたかったんだ。


「なんつー顔で走ってきてるんだよ」


 到底たどり着けない。それでも祐介は大きく手を振り、咲良は満面の笑みを浮かべてダブルピース。


「わけわかんね……っ」


 電車は容赦なくスピードを上げて、あっという間に見えなくなってしまう。

 俺の頭には二人の表情が焼き付いて離れない。


「なんのために……」


 何のために冷たくしてきたと思っているんだ。

 あいつら、全くわかってない。傷つけるのが嫌で、最低限の付き合いしかしてこなかった俺だぞ。

 なんで、あんなふうに笑えるんだよ。


「バカじゃねえの、本当に」


 バカだ。本当に、バカだよ。俺はバカヤロウだ。


 久しぶりに泣いた。

 あいつらの優しさに、笑顔に、別れることの辛さに。涙が止まらなくなった。




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