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episode 03 大切な思い出1




 卒業式は残念ながら曇り空。せっかく咲いた桜もどことなく寂しげだ。


 式が終わると、校門や校舎はあっという間に写真撮影の会場になった。教室もそんな感じではあったが、一時間も経つと腹が減ってきてみんないなくなってしまった。


 昼の十二時。

 誰もいなくて、しんと静まり返った教室は少し怖い。淋しさよりも辛さが先に立つ。


 誰が落書きしたのか、黒板にぎっしりといろいろ書いてある。


"またね"

"愛してるよ、先生"

"今から本気出す"


 思わず笑ってしまう。

 誰だよ。早く本気出せよ。お前、大学受かったんだろうな? 


「亮ちゃん! あ、いた!!」


 相変わらず咲良は俺を捜して、いつものように接してくる。どんなに冷たくしても、変わらない笑顔を向けてくる。本当に不思議な奴だ。


「もう、捜したんだからね!」

「捜索願でも出せばよかっただろ」

「亮ちゃんのひねくれ者!」

「うるさい、ついてくるな」


 咲良の強さには脱帽するばかり。本当にめげないものだから、どこまで耐えられるのか試してみたくなる。

 気持ち的には、スカート捲りしていたあの頃と変わらないな。俺はまだ精神が子供だ。


「理乃ちゃんと話さなくていいのか?」

「いっぱい喋ったよ。それに、ほとんどが地元に残るからいつでも会えるって。クラスのお別れパーティーも三日後!」

「へえ」

「へえって。亮ちゃんも参加しなよ」

「クラス違うだろ?」

「わからないって」

「さすがにわかるだろ!」


 ふと、咲良の持ち物が気になった。女性らしくない大きくて、黒くて、何だか土に汚れているようなバッグだ。


「……咲良。祐介は?」

「部長だからね。野球部の挨拶が終わったら来るんじゃないの?」

「なくしたバッグを探しに来るの間違いだろ」


 使い込んだそのバッグが祐介のものだと言い当てると、舌をぺろっと出し、いたずらっ子のような笑みを浮かべる。


「荷物を確保しておけば、すれ違うことはないでしょ?」

「……それ、持ってきてよかったのかよ」

「いいんじゃないの?」


 相変わらずだ。困ってる祐介が目に浮かぶ。あいつはいつも咲良に振り回されっぱなしだ。


「ねえ」

「なんだよ、咲良」

「待ってる間、リバーシしない?」

「は!? いきなりかよ!!」


 やるとは言ってないのに、どこから持ってきたのか携帯用リバーシを取り出す。その盤面、久しぶりに見た。


「祐介くんが来るまで時間あるだろうし、いいでしょ?」

「やらねえよ」

「始めるよー。わたし、白ね」

「おい」

「今だけでいいから!」


 悲痛な叫び。下を向いていて表情はわからないが、咲良にとっては大事なことみたいだ。


「わたし、卒業する前に亮ちゃんとの思い出が欲しいの! 三年になってからの思い出、ほとんどないんだよ?」

「なんで思い出にこだわるんだよ」


 張り詰めた空気は寒さだけじゃないはずだ。俺たちの間の溝が深くなっていくような、そんな重々しい空気。

 いつもは咲良が空気を読んで、去っていくだけだった。でも今日は違う。きっと心に決めていたんだ。


「……大切だから。わたしにとって亮ちゃんとの思い出は大切なものなんだよ」


 あまりの必死さに、俺は負けた。


「今日だけ、だからな」

「うん」


 今日だけだと、自分に言い訳をして咲良に向かう。

 少し重苦しくなった空気も、咲良の笑顔で変わる。本当に憎めない奴だ。


「ありがとう」


 俺たちは適当な場所に座ってリバーシを始めた。本当に久しぶりに咲良と対戦する。




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