episode 03 あの日に戻り
「女として興味ないの? 付き合う気ないの?」
「…………」
「亮?」
「…………」
「亮ちゃん?」
何が起こったんだ。目の前にいるのは祐介だ。しかも、ここは教室だ。雨が降っている。今は何時だ。時計は五時。ということは夕方。俺は制服を着ている。つまり、夏休みにはなっていないのか。
「戻った? え、学校? 俺、なにしてたんだっけ」
勢い良く立ち上がると、机の上に何かが落ちる。ゴミかと思って拾い上げようとして驚いた。
「これって桜じゃないか? こんな時期に珍しい!」
祐介の声に、やっとそれを取ることが出来た。そして確信した。
姫巫女との会話も、契約も、代償も、本当のことだ。これは嘘ではなかったと、姫巫女が警告のために落としていったのかもしれない。
「亮? 本当にどうした?」
「なんでも、ない……」
やっと思い出した。
そうだ、祐介に放課後呼び出されたんだ。で、咲良が好きだと言われたわけで。
そう、大事なことは事故直前で咲良が生きているってことだ。
俺はほっとしたと同時に不安になる。本当に咲良は事故に遭わないのだろうか。
「亮、あのさ。話、後にしようか?」
「あ。ああ、ごめん。大丈夫」
本当は大丈夫じゃない。
一ヶ月以上も時間が戻ったんだ。夢を見ているみたいで、何だか不思議で、急に怖くなる。
でも祐介は何も知らない。そう、祐介は切ない想いをしなくて済む。俺の願いは祐介も救ったはずだ。
俺の想いを代償に、大切なものを守れるんだ。
「祐介さ、咲良のこと好きなんだろ」
「は! いや! なに!? そんな、いきなり! そうだけど。でも、なに? え、ちょっと待って。心の準備する」
しまった、間違えた。まだ好きだって聞く前だった。
会話の順番忘れたし、ちょっとやりにくい。一人時間をさかのぼったせいで、何だかめちゃくちゃだ。祐介の慌てる姿はなかなか面白いけど。
「もしかして、好きなことバレバレだった?」
俺は心の中で祐介に謝る。
「まあ、俺は知ってた」
嘘をついたことも謝っておく。
「さすが幼なじみ。かなわないや」
「で?」
「好きだよ」
控えめに祐介が言う。
俺は咲良に幸せになってほしい。祐介にも幸せになってほしい。俺は、そんな二人が近くにいるのなら、それでいいと思う。
それが、あの時に俺が決めた道。姫巫女の言葉で言えば螺旋だ。
「なあ、祐介」
一人照れている祐介に俺は話しかける。するとキョトンとした顔をするから、何だか可笑しくなる。
「亮、なんでニヤニヤしてんの?」
「何でもない。気にするな」
「気になる」
まあ、もっともな意見だけど無視しよう。
「お前、咲良を幸せにするって約束してくれるか?」
「はい?」
「約束するなら、告白を許す!」
今度は口を開けっ放しで、目をぱちくりさせながら俺を見る祐介。次の瞬間、いきなり噴き出す。笑いを頑張って堪えていたせいで、俺に唾がかかった。
「亮、一ノ瀬の親父かよ!」
「うるさいな」
「ま。幸せにしたいけどさ」
祐介はひとしきり笑ってから、俺に向き直って真面目な顔をする。真剣な目はあの日も見た気がする。
「亮、一ノ瀬のこと好きなんだろ?」
つぶらな瞳が俺を見据えていた。その真っ直ぐな力強さに、負けてしまいそうになる。
そうだ。俺は咲良が好きだ。これまで気づきもしなかったし、幼なじみという関係性に隠れていて女として見たことがなかったんだ。
好きだ。俺は、咲良が。
だけど今、言うわけにはいかない。俺は資格を失ったんだ。咲良を死なせないために、俺は恋をすることをやめる。簡単なことだ。
「俺と咲良はずっと幼なじみだよ。ずっと……」




