episode 02 月夜に願う1
通夜の日。俺はずっと学校に行かなかったものだから、久しぶりにクラスメイトに会った。
みんな情けない顔をして、俺を可哀想な奴だって決めつけている。しかも遠巻きに見ているだけで話しかけてはこない。正直、腹が立った。
『雨宮!』
でも彼女だけは違った。怒りを俺にぶつけてくる理乃ちゃんの感情が心地よかったんだ。
『ふざけんなよ! 咲良の幼なじみなんだろ!? なんで助けられなかったんだよ!!』
無茶苦茶だ。幼なじみと救うことを一緒にされるとは思わなかった。反論しようと口を開きかけて、俺はやめた。
『ふざけんな……。咲良は、咲良はっ。たった一人の友達だったのに……っ』
気づいたんだ。
理乃ちゃんがこの日のために黒髪にしてきたこと。大事にしているピアスを外していること。ネイルは乱暴にはがされて、指の回りに残っていること。
彼女なりに事実を頑張って受け止めて、お別れをしようと努力してきたことが。
『あたしから、親友を奪うんじゃねえよ!!』
こんな理乃ちゃんはらしくない。強気で、文句ばかり言って、クラスで浮くくらい近寄り難い見た目と性格の彼女が泣いている。
『ごめん……』
俺は何て言えばよかったのかわからない。ただ、謝ることしか出来なかったんだ。
『守れなくて、ごめん』
理乃ちゃんに。そして咲良に謝っていた。誰よりも俺は守ってやりたかったんだ。守るチャンスも与えられないまま、たった一人の幼なじみを失った。
理乃ちゃんと同じだ。いや、理乃ちゃんだけじゃない。クラスメイトにとっても咲良はムードメーカーだった。
咲良は、たった一人の存在だった。
八月下旬。
まだあの日のことは鮮明に思い出せる。夏休みに入ってすぐに通夜と葬式があって、そこから毎日をぼーっと過ごすようになった。
もうすぐ学校が始まるっていうのに宿題にも手を付けず、テスト勉強なんて出来ない。
理乃ちゃんはもちろん、祐介にも葬式以来会っていない。会えば咲良のことを思い出して、お互いに気まずくなるからだ。
祐介と過ごす二度目の夏休み。咲良と過ごす何度目かの夏休み。楽しみにしていたんだ。
「海にでも行って咲良の成長具合、見てやろうと思ってたのに」
心にもないことを俺は呟く。
母さんはまだ仕事をしているみたいで、いつも帰ってくる六時になっても階下が静かだ。
あれから異常なくらいに元気に振る舞う母さんが痛々しくて、俺は最近避けるようになってしまった。
母さんが帰る前に家を出る。今日は特に母さんに会いたくなかったから。そんな気分。
昼間に熱せられたアスファルトが容赦なく俺を攻撃する。
いつの間にか家の前の庭が草まみれだ。あんなに元気な声を出していたが、母さんだって落ち込んでいるに違いない。
俺は早足で家を離れた。
外に出れば忘れられる。そう思っていたが、間違いだった。どこへ行っても咲良との思い出しかない。
気分が悪いと座り込んだ道端。一緒に歩いた通学路。いつだったか、地区の祭りをした空き地。男みたいに泥だらけになって遊んだ公園。勉強に付き合わされた図書館。受験前に手を合わせた神社。キーホルダーを買わされた雑貨屋。学校帰りに奢らされたバーガーショップ。
咲良との思い出しかなくて嫌になる。咲良を思い出さない場所を探そうと、知らない道に足を進める。
あてもなく歩いて、気がつけば辺りは暗くなっていた。
「……あ」
ピンク色の真新しい店を発見。すでに午後八時に閉店していたが、小さくて可愛らしいお店は咲良好みだ。
「ここって、もしかして……」
店の外に貼られたメニュー表は、全部クレープだ。三十種類以上はありそうだ。
『二人には新しいお店! 教えてやらないんだからー!』
咲良の言葉を思い出す。
「ここだったんだ」
ちょうど学校と自宅との間にある。商店街の裏手だ。人通りの少なそうな細い道路脇。駅もバス停も遠い。こんなところにあるんじゃ、見つけようがなかった。
「クレープ食べそこねた」
俺はまた歩き出す。咲良を思い出さないようにと歩いていたはずなのに、こんな所で見つけてしまった。
ふと、見たこともない小さな公園が目に入る。誰もいない。さすがに疲れた俺はブランコに腰掛ける。
空を見上げると月があった。満月だ。歩く道が明るい理由はそれだ。
青白くて、薄らと雲がかかっていて、それが幻想的。しかし、今の俺には気味が悪いとしか思えなかった。
そんな時だった。彼女に出会ったのは――。




