表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/47

episode 02 残されたおにぎり




『亮は、どうなの?』

『好きだよ、咲良のこと』


 祐介との会話を思い出す。

 そうだ。俺は咲良のことが好きだ。どうしようもなく好きで。だけど、幼なじみだからこの気持ちにずっと嘘をついていた。


 死ぬなんて、そんな結末を受け入れるなんて無理だ。

 祐介だって同じだ。それでも、こんな未来が用意されているなら告白したかった。咲良に気持ちを伝えたかったんだ。


 無理だとわかっていても苦しい。壊れてしまう。何度もチャンスがあったはずなのに俺は……バカだ。


 午後八時に誰もいない自宅に帰ってきた。それから何もする気になれず、自分の部屋で天井ばかり見ていた。


 こうやって寝転がっていれば、いつも咲良が怒りながら布団をはがしに来た。来るわけがない。だって、あいつは――。


 俺は嫌な考えがよぎりそうになるのを立ち上がることで防ぐ。時計を見ると十時になるところだ。驚いた。さっき見た時は八時だったのに。

 とにかく何か食べよう。体力をなくして倒れるとかシャレにならない。祐介に心配かけるわけにはいかない。


 俺はいやに静かな階段を降りていく。暗いと落ち込みそうで、そこらの電気をつけて回った。


 祐介もあの後、散々泣いて落ち着いたからと言って帰った。

 落ち着くわけがない。あいつは大丈夫だっていつも嘘をつくんだ。だから、あんなふうに泣く祐介を見ていると苦しい。


 苦しいのに、俺、涙が出ないんだよな。辛ければ辛いほど涙が出ないって聞くけど、それなのかもしれない。そんな経験なんてしたくなかった。


 深く考えるのはやめよう。思い出して、俺はキッチンに向かう。何があったかなと考えながら冷蔵庫を開けた。


「おにぎり……」


 胸が苦しい。

 そうだった。ここに咲良の置き土産があったんだ。

 昨日と同じ状態の爆弾おにぎり。俺はその中のパックに入ったものを手に取る。相変わらずずっしり重い。


 俺は座って、温めずにそのまま口に入れる。


「感想、きけよ。わかったな?」


 そう言いながら、俺は固くなったおにぎりを食べ続ける。


 最初の味はミートボール。まあ、咲良のことだから、ハンバーグだって言い張るんだろうな。

 俺の注文通りの味に変更されてる。甘すぎず、辛すぎず、塩にぎりにちょうどいい。


「すげーうまいよ、これ」


 二つ目は唐揚げ。しかも二つも入っている。よく米の中に二つも入れられたな、と感心するぞ。


「うまいけどさ。やっぱり二つは無理がある!」


 米がこぼれる。学校で食べてたら、絶対に笑われるレベルの行儀の悪さ。指を舐めながら食べてたら、何を言われることやら。


 三つ目。なかなか具が出てこない。


「あれ?」


 ただの塩おにぎり。


「さては、アイデア尽きたな!」


 俺は悩む咲良の顔を想像して笑う。

 しかも前二つのおにぎり、どっちも肉。魚とか考えたらいいのに、何で料理になると咲良は一方通行なんだ。

 混ぜ込みごはんって手もあるだろう。というか、何でおにぎり限定なんだ。


「発想が凡人レベル! 修行しろ!」


 言っておにぎりを再び口に入れて止まる。


「ん?」


 口の中に、得体の知れない何かがあってもごもごしながらそれを出す。アルミホイルを噛んだ気持ち悪さに、俺は上手く米だけを食べてそれを吐き出した。


「なにこれ?」


 アルミホイルは丁寧に畳まれている。俺は何かのパッケージについていた台紙でも入れたんじゃないかと思ったが、とりあえず開いてみる。


「書いてある」


 大学ノートの切れ端だ。中に黒いマジックで何か書いてある。それを見た時、熱い何かが胸を突き破る。まるで殴られたかのような衝撃だ。


"亮ちゃん、結婚しよ!"


 なんだよ、それ。なんだよ今更。なんで今? なんでそんな手紙、残してるんだよ。バカじゃないのか? バカだろ。本当にバカヤロウ!!


"ラブレターほしかったんでしょ?"


 どでかい字の下に書かれた字はボールペンだ。


 そうだった。そんな会話をしたばかりだった。ラブレターでも貰ったら、なんてふざけ合って大笑いして。


「咲良、どこから突っ込めばいいんだよ?」


 俺は気持ちを落ち着けるように、それを見ながら立ち上がる。


「マジックで書いたラブレターなんてきいたことがない! しかもおにぎりに入れるとか、気づかなかったらどうするつもりだったんだ!」


 俺はそのラブレターから目を逸らす。


「結婚って、まだ付き合ってねーし!」


 またラブレターに目線を戻す。

 文字が歪む。目が熱くなる。なぜか手が震えていた。


「突っ込む相手……いなくなって、どーするんだよ」


 やっと出てきた涙はとても苦しかった。胸が痛い。頭が痛い。苦しくて息が出来ない。


「なんで今、ラブレターなんだよ! 結婚したいんだったら、傍にいなきゃダメだろ……っ」


 ラブレターが濡れていた。大事なラブレターなのに、濡れて駄目になりそうでも、涙は止めどなく溢れてくる。


「嫌だよ、お前のおにぎりが食べられなくなるなんて」


 俺は大切なものを失ったことがない。いつも傍にあって、追いかけなくても手の届く場所にいたから。

 大切だって気づいてもいなかった。当たり前に、隣で笑っていたから。


「こんな手紙で終わりなんて、嫌だよ。嫌なんだよ……っ」


 この気持ちをどこにぶつけたらいい。この想いを誰に伝えたらいいんだ。


「咲良ぁぁぁぁ」


 俺は子供のように泣き続けた。

 もう見ることのない笑顔。触れることのない腕。バカなことを言う口。


 いろんな咲良を想って、泣き続けた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ