episode 02 残されたおにぎり
『亮は、どうなの?』
『好きだよ、咲良のこと』
祐介との会話を思い出す。
そうだ。俺は咲良のことが好きだ。どうしようもなく好きで。だけど、幼なじみだからこの気持ちにずっと嘘をついていた。
死ぬなんて、そんな結末を受け入れるなんて無理だ。
祐介だって同じだ。それでも、こんな未来が用意されているなら告白したかった。咲良に気持ちを伝えたかったんだ。
無理だとわかっていても苦しい。壊れてしまう。何度もチャンスがあったはずなのに俺は……バカだ。
午後八時に誰もいない自宅に帰ってきた。それから何もする気になれず、自分の部屋で天井ばかり見ていた。
こうやって寝転がっていれば、いつも咲良が怒りながら布団をはがしに来た。来るわけがない。だって、あいつは――。
俺は嫌な考えがよぎりそうになるのを立ち上がることで防ぐ。時計を見ると十時になるところだ。驚いた。さっき見た時は八時だったのに。
とにかく何か食べよう。体力をなくして倒れるとかシャレにならない。祐介に心配かけるわけにはいかない。
俺はいやに静かな階段を降りていく。暗いと落ち込みそうで、そこらの電気をつけて回った。
祐介もあの後、散々泣いて落ち着いたからと言って帰った。
落ち着くわけがない。あいつは大丈夫だっていつも嘘をつくんだ。だから、あんなふうに泣く祐介を見ていると苦しい。
苦しいのに、俺、涙が出ないんだよな。辛ければ辛いほど涙が出ないって聞くけど、それなのかもしれない。そんな経験なんてしたくなかった。
深く考えるのはやめよう。思い出して、俺はキッチンに向かう。何があったかなと考えながら冷蔵庫を開けた。
「おにぎり……」
胸が苦しい。
そうだった。ここに咲良の置き土産があったんだ。
昨日と同じ状態の爆弾おにぎり。俺はその中のパックに入ったものを手に取る。相変わらずずっしり重い。
俺は座って、温めずにそのまま口に入れる。
「感想、きけよ。わかったな?」
そう言いながら、俺は固くなったおにぎりを食べ続ける。
最初の味はミートボール。まあ、咲良のことだから、ハンバーグだって言い張るんだろうな。
俺の注文通りの味に変更されてる。甘すぎず、辛すぎず、塩にぎりにちょうどいい。
「すげーうまいよ、これ」
二つ目は唐揚げ。しかも二つも入っている。よく米の中に二つも入れられたな、と感心するぞ。
「うまいけどさ。やっぱり二つは無理がある!」
米がこぼれる。学校で食べてたら、絶対に笑われるレベルの行儀の悪さ。指を舐めながら食べてたら、何を言われることやら。
三つ目。なかなか具が出てこない。
「あれ?」
ただの塩おにぎり。
「さては、アイデア尽きたな!」
俺は悩む咲良の顔を想像して笑う。
しかも前二つのおにぎり、どっちも肉。魚とか考えたらいいのに、何で料理になると咲良は一方通行なんだ。
混ぜ込みごはんって手もあるだろう。というか、何でおにぎり限定なんだ。
「発想が凡人レベル! 修行しろ!」
言っておにぎりを再び口に入れて止まる。
「ん?」
口の中に、得体の知れない何かがあってもごもごしながらそれを出す。アルミホイルを噛んだ気持ち悪さに、俺は上手く米だけを食べてそれを吐き出した。
「なにこれ?」
アルミホイルは丁寧に畳まれている。俺は何かのパッケージについていた台紙でも入れたんじゃないかと思ったが、とりあえず開いてみる。
「書いてある」
大学ノートの切れ端だ。中に黒いマジックで何か書いてある。それを見た時、熱い何かが胸を突き破る。まるで殴られたかのような衝撃だ。
"亮ちゃん、結婚しよ!"
なんだよ、それ。なんだよ今更。なんで今? なんでそんな手紙、残してるんだよ。バカじゃないのか? バカだろ。本当にバカヤロウ!!
"ラブレターほしかったんでしょ?"
どでかい字の下に書かれた字はボールペンだ。
そうだった。そんな会話をしたばかりだった。ラブレターでも貰ったら、なんてふざけ合って大笑いして。
「咲良、どこから突っ込めばいいんだよ?」
俺は気持ちを落ち着けるように、それを見ながら立ち上がる。
「マジックで書いたラブレターなんてきいたことがない! しかもおにぎりに入れるとか、気づかなかったらどうするつもりだったんだ!」
俺はそのラブレターから目を逸らす。
「結婚って、まだ付き合ってねーし!」
またラブレターに目線を戻す。
文字が歪む。目が熱くなる。なぜか手が震えていた。
「突っ込む相手……いなくなって、どーするんだよ」
やっと出てきた涙はとても苦しかった。胸が痛い。頭が痛い。苦しくて息が出来ない。
「なんで今、ラブレターなんだよ! 結婚したいんだったら、傍にいなきゃダメだろ……っ」
ラブレターが濡れていた。大事なラブレターなのに、濡れて駄目になりそうでも、涙は止めどなく溢れてくる。
「嫌だよ、お前のおにぎりが食べられなくなるなんて」
俺は大切なものを失ったことがない。いつも傍にあって、追いかけなくても手の届く場所にいたから。
大切だって気づいてもいなかった。当たり前に、隣で笑っていたから。
「こんな手紙で終わりなんて、嫌だよ。嫌なんだよ……っ」
この気持ちをどこにぶつけたらいい。この想いを誰に伝えたらいいんだ。
「咲良ぁぁぁぁ」
俺は子供のように泣き続けた。
もう見ることのない笑顔。触れることのない腕。バカなことを言う口。
いろんな咲良を想って、泣き続けた。




