episode 02 ぽっかりと穴があいて1
まだ、よくわからない。
咲良はまだ怒っていて、だから姿を見せてくれないんだ。教室にも、俺の家にもいない。だから、こうして咲良の部屋で俺は待っている。
そう思いたいだけだっていうのは、よくわかっているつもりだ。でも、そんなふうに思わないとおかしくなりそうだった。
俺は久しぶりに咲良の家にいる。
今思えば、咲良はよく家に来ていたのに俺は訪ねて行かなかった。恥ずかしいのもあったし、咲良の方が訪ねてくれるから俺は待っていたんだと思う。
二階の咲良の部屋。確か、最後に入ったのは小学生くらいだ。殺風景で、ミニカーなんて転がっていて、俺の部屋と変わりないくらい男っぽかった。
今は女の子らしいピンク色が大半を占める部屋。ドレッサーには数々の化粧品があって、そんなに化粧してたかな、なんてその顔を思い出す。
そばにある大きい鏡に、毎日あいつが映っていたのだと思うと愛おしくて仕方がない。ほんのりと香るのは、多分香水だ。
いつもはあんな感じだけど、誰よりも女の子だ。きっとクローゼットの中の洋服も可愛いものばかりなんだろう。
「咲良。お前、バカだろ……」
毎日顔を合わせてバカ言って笑っていたのに、咲良の顔がぼやけそうになる。最後に見た顔が怒り顔なんて、嘘みたいに傷つけないでほしい。
淡いピンク色のカーテンを開けて外を見てみる。明るかった空は、いつの間にか薄暗くなっている。腕時計を確認すると、もう午後六時だ。
夕飯は何を食べようか。風呂はシャワーでいいかな。学校はどうなっているんだろう。
そんなどうでもいいことを考えていたら、門の前に祐介がいることに初めて気がつく。
「あいつ、来てくれたのか……」
夏休み前に告白するって宣言したのは昨日だ。言っていたばかりだった。誰よりも祐介は傷ついているはずだ。
慰める言葉なんて見つからないし、だいたい慰めるっていうのも違う気がする。
俺は祐介に合図を送ってから窓を離れる。階段を降りる足が、いつになく重たくて転びそうになる。俺はこんなに弱い奴だったのかと改めて思う。
「亮。亮!!」
呼ばれていたことに、一階に着いてから気づく。そんな俺の様子に、母さんはすごく不安そうな顔をする。
「亮。あなた……」
「大丈夫。祐介が来てるから、行ってくる」
「そう。亮、後で手伝ってほしいことがあるから」
「わかった」
なにか言いたそうにしていたけれど、俺は無視して玄関で靴を履く。いつもの靴なのに上手く履けなくてイライラする。
何もかも上手くいかなくて、泣きたくなる。泣けない自分も悔しくて、文句を言う相手も見当たらなくて苦しい。
『亮ちゃん!』
幻聴だ。ドアの向こうで風が、木の葉を撫でていく。擦れる音に惑わされる。咲良の声が聞こえた気がした。




