楽しい夜のレクリエーション
迷彩服を着て迷彩のベレー帽をかぶりミラーサングラスをかけ、体育館の上段に立った男は勿論担任の加藤です。
その脇に立ち同じく迷彩服を着てベレー帽をかぶりサングラスをかける女、副担任の鈴木です。
まだどこかびくびくした印象が抜けて居ません(ですがこの女性もやがてプログラムに飲み込まれ、暴力に酔う様が目前で展開されました)。
「諸君らはこれから矯正プログラムに従ってもらう。ルールは簡単だ、囚人と看守にわかれそれぞれのロールを演じてもらうのだ。ただ諸君らは教室というものを崩壊させてしまった囚人だから、やはり規則を遵守することを演じることにこのプログラムの意義がある。いまからここにそのルールをいくつか提示する」
ここまで一気に喋った加藤こと所長でしたが、普段から授業など真面目に聞く気が無く学級崩壊させた主犯格の少年少女こと囚人役達が黙って聞いているわけがありません。
「ふざけんな加藤、こんなゴッコやってられっか」
「何が林間学校だ、ゴルァ!」
「親に電話とメールしてチクってやるんだから」
「東大卒風情が何様っていう」
などと騒ぎ始め、何やら暴動めいた不穏な空気になりました。
「所長命令だ、看守諸君分からせてあげなさい。これは命令だ」
囚人を取り囲んでいた看守たちはまたお互い顔を見合わせましたが、その表情はミラーサングラスに阻まれ分からないじゃないですか?。
顔が表情が解らないなら、いっそのことやってみるかという状況の開始でした。
幾人かが電撃警棒をもって囚人に向かっていきますと、釣られる様に何人かは後から付き従い、結局全員の看守が参加しすぐに暴動を鎮圧してしまいました。
「私達としても警棒は最後の手段に取っておきたい、君達に暴力を振るうのは望まない。ではいいかよく聞け! そして頭に叩き込め、規則だ。一、囚人には名前が無いこれからは識別番号で呼ぶ。二、囚人は看守の命令に服従しなくてはならない、所長の命令は更に優先し絶対服従すること。三、囚人の飲食は食事時間中のみとし、トイレは日に同じく三回のみ時間は五分以内。それから最後に一番大切な規則だ、鈴木副所長からどうぞ」
腹をくくったのか、電撃警棒で身動きが取れない奴らを見て安心したのかいつもより堂々とし、背筋の伸びた彼女(私の眼から見ても、もう彼女は権力側に移行していました)。
「五、上の規則に従わないものは処罰を受ける可能性があります」
そういって彼女は警棒を構えますと、囚人からどよめきが起来ます。
彼女に少し満足したかの様な笑みがこぼれました。後の彼女の供述は「みんながそう、今を懸命に没頭していたと思います。一生懸命役になろうとして、看守にのめり込んでいったんだと、一生懸命権力を維持しようとしたのだと。囚人は囚人で段々自覚が芽生えて来たんじゃないですか?」
そうして、囚人達は皆目隠しをされ鎖で繋がれ教室という牢獄に戻されて行きます。
今の時点で囚人達の自覚はせいぜい二週間我慢すればいいや位の意識しか無い様子でした。
スマホや携帯を没収され、連絡手段がないのが心細い。現代っ子にありがちな心理程度だったのでしょう。
しかし状況は夜のシフトから一変します。
夜のシフトを預かるのは鈴木副所長なのですが、女性特有のマジメさをもって職務を遂行しようとするのです。寝ている囚人を起こし番号を点呼させる、いう事を聞かない囚人には腕立て、腹筋、スクワットをさせる。それでもいう事を聞かない囚人は懲罰房と呼んだ用具室のスチールロッカーに閉じ込めさせ、大きなスピーカーで(元学校だけに体育祭で使う巨大スピーカー)耳をつんざくような大音量の音楽を聴かせ時々警棒や足でロッカーをガンガン叩き恐怖を与えます(恐怖の余り泣き叫ぶ声が楽しく聴かれました)。部屋が汚れていると言っては何癖を付け、罰として男子には女子トイレの掃除を素手でさせ(女子も全くの逆を)、仲間の囚人に舌で舐めさせ綺麗になったのかを確かめさせたりしました(女の子など、グチャグチャに泣きながら嘔吐してまして、まさか人にしてたこと忘れた訳でもないはずでしょうに)。
そのような事を初日から実践し、部下の看守役の生徒に命令されていました。
リーダーたる副所長が徹底する姿は教育者の彼女にとっての理想でした。
その姿は山本五十六の「やって見せ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ」そのものでやっぱり彼女は教育者なのです。
その姿をみた看守役の生徒たちは一生懸命に、二時間おきに三つの囚人部屋の囚人達全員を指導する役にはまり込んでいきました。 後の彼彼女たちは皆口を揃えた様に「別に僕達は愉しんでやってたなんてことはないと思います。副所長が命令するからそれに従っていただけですよ」と供述したと聞いています。
睡眠時間を奪われ、肉体的苦痛(運動、大音量の音楽)精神的苦痛(識別番号でしか呼ばない、トイレの掃除を素手でさせる)を与えられた少年少女は瞬く間に思考能力を失っていったようでした(此処の件もやはり加藤の言った通りでした)。
そういった警棒を使わないやり方は、夜間シフトの看守から朝の看守、そして昼の看守に伝えられていきましたね。良い習慣は伝播も早いものです。
「だぁから食べれません、ピーマンが嫌いなんです」
まだ彼女は事態の深刻さに気付かないようです、いえほんとうは気付いていてそんなことから目を背けたかったのかもしれません(いじめられっ子にある心理じゃないですか?)。
朝食の時にごねる女子を見て、看守のひとりがあるアイディアを思いつきました。
「連帯責任だ、全員、いや〇〇四を除いた囚人全員食事を止めスクワット開始」
そういって〇〇四を囲む形でスクワットを黙って開始させ、それを見ながらそうさせた看守は〇〇四に向かって言い放ちます。
「〇〇四の様な女のお陰で囚人全員が迷惑をこうむった、お前のせいだ。〇〇四がピーマンを食べないせいだ、囚人全員〇〇四を恨め」なかなかの言葉によるイジメですよね~。
それでも食べようとしない〇〇四に困った看守たちは結局懲罰房に閉じ込め、またもや大音量の音楽を聴かせます。出てきた〇〇四はふらつき涙をぼろぼろこぼしながら、ピーマンを食べますが、食事中に「声」を上げたとのことで、食後すぐに〇〇四に腕立て、スクワットを命じられていやがんの、ククッ。
〇〇四が怖かったのは囚人同士の視線だと思います、全ての視線が「お前のせいだ」そう訴えているように感じさせるのでしょう。
自分がみじめでどうしようもない汚物のようにさえ自覚させ、その自覚は薄暗い閉じられた囚人部屋にいるという、本当の囚人であるかのように錯覚させていきました。
時間の経過とともに本当の囚人になって仕舞わせる、恐るべき変化といえます。