第7話 part3
もはや夢オチの心配は消え去った。だが、
「また気絶してたのか。今日だけで2回も…これが異世界の洗礼か…」
俺は思わず苦笑する。
異世界に来てからまだ1日も経っていないというのに、既に2回も意識を失っている。
だが、問題はそこじゃない。
気絶した原因が戦闘ではなく補助魔法と温泉というところが問題なのだ。
戦闘ではなく銭湯で気絶しましたってか!
どちらにしろ情けないことに変わりはない。
この先が思いやられる。
「にしても、異世界の奴ってのは温泉に弱いのか?ソイツは知らなかったぜ!ハッハッハッハ」
腰にタオルを巻いた褐色銀髪アニキ系イケメンにもそう馬鹿にされた。でも、まてよ…?
なぜ異世界から来たことを知っている?
ジロッとクライスの方を睨みつける。
…頬を指でかきながら目を逸らされた。
まぁ、言ってしまったものは仕方ない。
そう自分を窘めて、ため息と一緒に怒りを外へ逃がした。
「ごめんなフーガ君。こいつ本当にバカでさ…」
俺のため息の対象を勘違いしたのだろう。
相方みたいな金髪碧眼優男系イケメンが申し訳なさそうに謝ってきた。
それにしても流石は異世界。
…顔面偏差値が高すぎる。
「ヘッ!バカで結構!どーせオレは、小麦バカだしな!」
「小麦バカ?」
なんだそりゃ?
“小麦”ちゃんの事が好き過ぎるとか?
「あぁ、小麦を育てることに命を懸ける生粋のバカのことだよ。本名はアイドリー・コメッツ、小麦作ってるアイドリーさん家のバカ旦那さ」
呆れる金髪兄さんが解説してくれた。
なんだ、普通に作物の方か。
嫁さんの名前かと思ったのに。
「そういうテメーはキャベツバカだろが!!おい、ソイツはキャベツ大好きハルバーノ・ミレスタっていう変態だから気をつけろよ?夫婦揃ってのキャベツバカだからな!」
「フッ…否定はしない」
風貌に相応しく凛々しい表情で肯定する。
こんなにカッコイイのにキャベツバカなのか…。
農家というのは、作ってる作物を愛してやまない人じゃなきゃなれない職業なのか?
「ハッハッハ!じゃあ私は野菜バカかな?美味しい野菜はボルドー印でお馴染みのボルドー・ライムだ。よろしくな!フーガ君」
ワイルドな深緑の髭と髪のおじさんも、渋い声なのに若者のノリに合わせた気さくな自己紹介をしてくれた。
「あっはい!よろしくです…っとと!いでっ!」
寝たままでは申し訳ないと思い、急に立ち上がろうとしたのが不味かった。手が滑ってバランスを崩し、後ろに転んで肘と腰を強打した。だが、不思議とそんなに痛くなかった。
「ちょっ…大丈夫かよ!まだ動かねーほうがいいんじゃねぇか?」
「いや、お前が撒いた水で滑ったんだよ!!」
「うぇえっ!?あっ…そうだった…」
「ホント、バカかよ!」
「う、うるせーよ!!悪かったって!アイスは無しでいいからよ、とりあえずフーガに肩貸すぞ」
「おう、むしろお前がフーガにアイス奢れよ」
「あ、じゃあついでに僕にも!」
「「お前は自分で買え!」」
そんな愉快なやり取りに、その場にいる全員が笑みをこぼす。
この村は本当にいい人たちばっかなんだな…。
肩を借りて立ち上がりながらそんな風に思った。
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クライスに借りた服は体型が似ていたこともあってピッタリで着心地の良いものだった。流石にサイズを自動で調整するような魔法はかかっていなかったが、汚れない魔法は大抵の服にかかっているそうだ。洗濯物を見かけなかったのはそのためだ。
さっきの3人は俺達とは入れ違いにお風呂に入っている。ほとんどの人は夕方には入っているらしく、彼ら以外には見当たらなかった。
今は教会の大広間で銃の撃鉄をカシュンカシュンしながらボーっと考え事をしている。
20時になるまであと15分。
気づかなかっただけで教会にも時計はあった。
見た目以上に明るい魔法のキャンドルに照らされて、柱の上で音も無く時を刻んでいる。長い針が指す位置に9ではなく6があることに凄まじい違和感を覚えた。
歓迎会だけあって、豪華な夕食が出るそうだ。
歓迎される側なんだからと手伝いを断られ、こうして一人でのんびりと待っている。
さて、何から考えようか…。
多すぎて逆に思いつかないな。
間違いだらけの間違い探しは簡単に見えて、大きな違いを見落としやすい。きっと今も何か重要なことを忘れているのだろう。
だが、そういうことほど思い出せないもので、何かのきっかけで思い出すまではいくら考えても出てこない。今、気になることを考えた方がいい。
そういえば、あの穴はどうなったかな?
俺は立ち上がって確かめに向かう。
そこには何事も無かったかのように、元の石床があった。ただし、鏡は絨毯に包まれたまま横の方に置いてあり、カノンが魔力を注ぎこんだ給魔口も健在だ。時間経過で閉じる仕組みだったのだろう。
教壇に銃を置き、絨毯ごと持ってきた鏡を慎重に持ち上げる。ここで割ったら洒落にならないので、最大限集中して元の位置に戻した。
自然と、鏡の中の自分に目がいった。
この世界の人達には劣るものの、血色のいい男前と目が合う。
眼鏡が無ければ、少しはカッコイイな…
って思っちゃうあたり、やっぱナルシストか…。
あの時は必死だったから鏡を見る余裕がなかったが、今の自分の姿は以前よりも生き生きとしているように見える。表情も引き締まっていて、少なくとも悪い印象を与えるような顔では無かった。
おもむろに銃を取り上げ、ポーズを決める。
人が見ていないのをいいことに、一番しっくりくる決めポーズを探し始めた。
色々試してみた結果、銃を持ったまま腕組みをして口元だけ笑うポーズで満足した。
ジョジョ立ちも悪くなかったが、ガイナ立ちの方が個人的には好きだ。
こんな馬鹿なことをするのも久しぶりだ。
嬉しくてニッと笑った。
鏡の中の俺は自分史上最高の笑顔を見せていた。
と、同時にドアの開く音が後方でして、慌てて振り向いた。分針の位置は7を指しており、あと7分半で20時になる。ややこしや。
村の人全員が一斉にやってきたのかと思うほど、入口からどんどん人が入ってくる。既に見た顔もちらほらと見つけることが出来た。
先程の出来事から、俺の中の天秤は彼らに素性を打ち明ける方に傾きだした。
これまで話した人達は、俺の突拍子もない言い分をアッサリと受け入れてくれた。そして、今も見ず知らずの俺の歓迎会に、これだけの人が集まってきている。
こんな優しい人々を、俺は心から信じたい。
だから、さっき練習した笑顔で全員に話そう。
そう決心して彼らの元へと駆けた。
……神様として崇められる神聖な鏡。
その中には実像を失ってなお、映し出される虚像がいたことに彼は気づかない。
腕を組みながら笑いかけるその虚像は本来の動きより遅れて振り向いた後、追いかけるようにして実像の動きに合わせに戻った……。
時刻は間もなく20時。
教会の長椅子はほぼ満席だ。
本当に村の人全員が集まってくれたらしい。
俺はより一層、打ち明けたくなった。
100人を越える人を前にしてもそんなに緊張していないのは、カノンとシュロンとクライスが俺の隣にいるからだ。
この3人が歓迎会の進行役を務めると聞いたときは思わず「そういうのは村長の仕事では?」と尋ねてしまった。それに対しては「今は僕が村長代理だからね!」と若干不安になる返答を貰っている。
理由は話せば長くなるとカノンに言われ、今は聞かないことにした。シュロンさんなら3行で答えてくれそうだったが、それでも今は聞かないことにした。
クライスに促され、教壇の前に立つ。
既に知っている顔も初めて見る顔も、とても暖かそうな顔でこちらを見てくれていた。
「皆さま!本日は急な呼びかけにお集まりいただきまして、誠にありがとうございます!これより、異世界からやって来たアシダ・フーガ君の歓迎会を開会いたします!進行は村長代理のクロメリア・クライスでーす!」
クライスの声はハキハキしていてよく通った。
それゆえ、盛大なネタバレも皆しっかり聞き取れてしまった。
おい、さっきの決心を返せ。
当然、知らない人がざわつきだす。
しかし、それも一瞬のこと。
拍手喝采が巻き起こり、呆れてクライスを一瞥した後、俺は前に1歩進んだ。
「あー、えー…すいません!!焦って先に言ってしまいました!!改めてフーガ君に自己紹介をしてもらってから、質問コーナーに移りたいと思います!じゃ、フーガ君よろしくっ!きっと皆も年齢聞いたらビックリするよ!…あっ、ちょっ待った!今のナシ!」
ネタバレに次ぐネタバレ。
これで笑いが起きないわけがない。
というか、もう笑うしかない。
そんな和やかな雰囲気でバトンパスされたことで、緊張感なんてものは何処かに吹き飛んだ。
お陰でカノン達に話した事と全く同じ内容を、失敗を恐れず声を張ってキッチリ伝えきった。
それはもう拙く異様な自己紹介だったにもかかわらず、俺は再び歓迎の拍手喝采を浴びたのだった。




