第6話 part3
オレンジ色に染まり出した大地の真ん中に、見上げる程にまで育った樹木に取り込まれた大ミミズが横たわる。木の成長速度を知るものからすれば、それはまさしく不自然な光景だ。
沈みかけの太陽は昼の眩しさを失いつつあり、隠されていたその大きさを紅く明らかにする。この世界の太陽は、地球から見えるそれよりも、ずっとずっと大きかった。
初めて見る異世界の夕暮れは、美しくもどこか寂しさを感じさせる。そんな感傷に浸る俺に、ゆるくてふわふわとした声がかかった。
「お待たせ〜。なんとか必要な魔力は集まったわ〜」
ある程度魔力が回復すれば、ソースドレインという魔法でそのへんにある微量の魔力をかき集めることが出来るらしい。お姉さんが畑を走り回ること30分、ようやく使いたい魔法1発分が吸収できた。
本来は、ソースと呼ばれる魔力が豊富なポイントから集める時に使う魔法らしい。この効率の悪さにはそういう事情がある。
「じゃあ、このミミズちゃんの正体を見極めましょーか!“プロアナライズ”!!」
そう言って、楽しそうにミミズに光る両手を突き出す。
ところで、翻訳がいい感じになってきた。
ダジャレじゃないが、さっきまでの漢字の読みでは魔法を使っている感じが沸かなかった。だから、今は凄く魔法っぽい。
ただ、我が儘を言うようだがカタカナの名称は、漢字にルビとして振って欲しい。
でないと…
アナライズ…アナライザー?
ビルドインスタビライザー…?
違う、ってか全然関係ない。
こんな風にたまに効果が分からなくなる。
一年以上英語の勉強して無かった俺には、カタカナ文字の意味が思い出せないことがあるのだ。
頭を捻る俺を他所に、シュロンによる解析は完了した。
「やっぱり!!“ジャイアニズム”の後から“ファーティライズ”の効果が上乗せされてるわ!…というか、“ファーティライズ”でこんな風になっちゃうなんて知らなかったわ!!」
急に横文字が多くなったない。本当に融通が効かない翻訳だ。でも、ファーティライズは知ってる。たしか、『肥沃にする』とか『肥えさせる』って意味だ。ジャイアニズムも、『お前の物は俺の物、俺の物も俺の物』って………やっぱり翻訳バグってるな。
「あ、ジャイアントの方か」
「…何が?」
「こっちの話だ。それで?犯人は分かりそうなんですか?」
「そりゃ分かるわよ!“プロアナライズ”を使えば、いつ誰がその魔法を使ったのかも分かるのよ!」
「そう、本来ならね……発動者名が空欄なんて初めて見たわ。…犯人が分からない」
「「!?」」
いよいよ事件発生だ。これをキッカケに俺は異世界の騒動に巻き込まれてしまうのだろう。だが、覚悟はもう出来ている。
「やっぱり、俺を狙う奴がいるらしいな」
「そうなの!?」
「だって、これだけ巨大なミミズでも襲うのは魔力のない俺くらいなんだろ?つまり、ターゲットは最初から俺だったんだ。…俺が異世界から来た事を知っている奴の、計画的犯行だ」
「「な、なんですってー!?」(棒)」
でなきゃ、わざわざミミズを大きくする必要は無い。ただ、ここの村人の強さは計算外だったようだ。そして、俺の《勘》による危機回避能力の高さも。
お姉さんが若干、棒読みだったな…。
彼女には既にお見通しだったようだ。
「それじゃあ、犯人はまだ近くにいるわね〜。狙いはフーガ君の命ってとこかしら?未来の救世主かもしれないし、芽は摘んでおいた方がいいって感じなのかも」
「なるほど、お姉さんの言う通りですね…って、あれ?言いましたっけ?世界を救うって目的のことを」
「…え?そんな目的があったの!?初耳よ!じゃあ、やっぱりフーガも!!」
「えぇ、そうみたいね。…どんな歴史も繰り返すものなのね」
うっかり口を滑らせたのに、二人には何故か納得されてしまった。俺が納得出来ていないので置いてけぼりだ。
それを察したカノンが説明にかかる。
「フーガ、落ち着いて聞いてね。…あなたはこの先、過去に異世界から送られてきた人達みたいに世界の命運を賭けて闘う事になるわ!」
「うん、知ってる。で?先人達は何から世界を救ったわけ?巨人?宇宙人?魔王?破壊神?全能神?魔王が復活したくらいならなんとか出来そうだけど、神様相手はちょっと分が悪いかもな…」
「あらそう?でも、フーガの魔力吸収攻撃はかなり有効だと思うわ。たとえ、神様達が相手でもね〜。ちなみに、過去の英雄たちはずっとむかーしに魔王アゲス、ちょっと昔に魔神リーマ・ユカンを倒してて、最も最近だと世界消滅の危機を食い止めたわ〜」
「マジですか!?えっ、ちょっ…世界消滅を乗り越えてるの!?この世界!!?俺のハードル高すぎやしないかこれ!!」
盛り上がる俺とお姉さんとは対照的に、カノンはその様子を見ておどおどしている。
「……あれ?これ、私の反応が普通…でいいのよね…?やっぱりあんたら普通じゃないわ……」
酷い言われようだが的を得ている。話の流れについていけずに寂しそうだ。この話はあとにしよう。
「そういえば、シュロンさん。まださっきの魔法は使えますか?コレを調べて欲しいんですけど…。」
そう言って、俺は拾った瓶のようなものをポケットから取り出す。案の定、カノンが食いついた。
「…!それ、濃縮ポーション用の瓶じゃないの!!何処にあったの!?」
「荒れた畑のちょうど真ん中で見つけたんだ。これって、どういう使い方をするものなんだ?」
「それは魔法をポーション化したときに保存する容器よ。私も幾つか持ってるけど、これは濃縮魔法ポーションを入れておけるタイプね。えっと、習得はしていないけど使うときは1度に何回も…みたいな魔法は、この濃縮ポーションにしておくのが基本よ」
カノンの説明が珍しく分かりやすかった。
つまり、この中には高密度に“肥沃”の魔法が封じ込められていたと考えていいだろう。村の事を教えてもらったときに、1年に1回だけまとめて使う魔法だと聞いている。持ち主は不明だが、この瓶は見るからに新しく今は空っぽだ。
「…これって、魔力がない奴でも使えるのか?」
俺はふと、そう思った。
その疑問には渡された瓶を見つめ、カパカパと蓋を開け閉めしているシュロンが答えた。
「そうね〜。蓋を開けるだけだし、多分魔力は要らな……まさか…!」
「えぇ、犯人は俺と同じ世界から来た人の可能性も出てきましたよ。そうでもなきゃ、来て早々に狙われる心当たりがないですからね!」
俺なりの結論が出た。
異世界に来てまで狙ってくるような犯人に心当たりはないし、情報も足りないらしく《勘》でもこの考えが当たっているか分からない。
それでも、心構えとしては十分だろう。
「……ただの巨大ミミズからそこまで読み取るなんて…スゴイ」
カノンが風雅を見つめながらため息混じりに呟くが、その声は彼の耳には届かなかった。
「なるほど。早く犯人を見つけたいところ悪いのだけれど、今日はもう魔力が尽きちゃったの。回復でき次第すぐに調べておくから、この瓶は預かっててもいいかしら〜?」
「ええ、もちろん!ちなみに、どのくらいで回復するもんなんですか?」
「ふふ、そうね〜…遅くても明日の朝には回復してるかしら」
「はやっ!!魔力ってそんな簡単に湧いてくるんですか…」
「しっかり食べてしっかり休めば…ね♪」
そうだ、焦っても仕方が無い。まだ来てから半日しか経っていないのだし、犯人のことばかり考えて入られない。この続きは寝る前にでも考えよう。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。…このミミズと、あと木はどうしましょう?」
また一つ問題発生だ。
ミミズはともかく、この木の消し方が分からない。手当たり次第試してみるか。
「あ、ミミズは倒しちゃうわよ」
そう言ってカノンが魔法を発動する。先ほど途中で消した四色の魔法だ。赤青白黒という珍しい配色だったので鮮明に覚えている。
「“フォースショット”、発射!!」
白黒の2発に続くように、少し遅れて赤青がミミズに向かって一直線に発射される。
白と黒の光弾が直撃したところからボロボロとミミズが崩れて塵になってゆく。そこに、赤と青の光弾が追撃し…
チュドーーーーーン!!!!
粉塵爆発と思しき大爆発を引き起こした。
もう…何なの、この世界…。
神器と超スピードを手に入れた俺が役に立てる場面…全く想像つかないんですけど…?