第6話 part2
未だに痺れて動けないミミズの前に、二人は立っていた。
「あっ!おかえりフーガ。ごめんね、私まで寝ちゃってたっけ」
カノンにアハハと笑いかけられ、俺は本当のことを言えなかった。
あの時、撃つところは見えてなかったのか…。
まぁ、どのみち休憩にはなったわけだし黙っておこう。寝ている間に変なことしたわけでもないしな。
ただ3分くらい眺めてただけだしな。
「別に、気にしなくていいよ。それで、お姉さんはもう動いて大丈夫なんですか?」
見た感じ平気そうだが、しばらく魔法は使えないのではないだろうか…。
「ええ、無理に魔法を使わなければ、もう動いても大丈夫よ〜。…一番年上なのに、二人には迷惑かけちゃったわね…。村に戻ったら、ちゃーんとお礼するわ!ひとまず、ありがとね!」
当たった。
にしても、お礼、か…。
「困った時はお互い様ですからね。逆に、俺が困った時に助けてくれれば、お礼は言葉だけでいいですよ。これからは俺の方がもっと色々な困った事態に巻き込まれそうですけど…」
お礼代わりに助けを求めるのは、異世界でも有効な世渡り術だ。
今後、困ったことがあったら頼らせて欲しいという情けない俺の言葉を、快く承諾し笑い返してくれた。
…最初に来たときは、この上なく理不尽だと嘆いていたのが嘘のようだ。
この世界の神様は、どうやら下げてから上げるのが好きらしい。
俺もそうゆう展開は嫌いじゃないですけど、こんな初っ端からは正直キツいですよ、神様…。
「さてと!じゃあ、さっさとミミズを調べて、暗くなる前に帰るとしますか!フーガが疲れて動けなくなる前にね〜!」
カノンが元気に、そんな気になる発言をした。
「ちょっと待て。…ええっと、…。もしかして俺の、この超スピードの原因が何なのか知ってるのか?」
冗談めかしたカノンの言い方は、まるでこの後恐ろしく疲れると分かっているかのように思えた。
「えぇ。あんなスピード…普通じゃないもの!原因は間違いなく、お昼に食べたスイカのコロップルよ。…お姉ちゃん、詳しい説明よろしく!」
「はぁ…もう。カノンったら…。まぁいいわ」
コロップルってなんだ?スイカ?
あれは“熱い氷菓”じゃなかったか??
…それに今、“芽吹き”じゃなくカノンって言ったよな!?
いつの間にか固有名詞翻訳バグが直ってる!!!
いつ?なんで!?どうやって!!?
思い出そうと必死になる。だが、シュロンによる講義が始まったので、一旦頭の隅に追いやった。
「えーっとまず、スイカにも色々あるんだけど、ここの名産は『慧駆』っていう品種なの。お昼に食べたコロップルはこれを使ってるわ」
…うまく表現できないが、日本語に翻訳してるのになんで漢字の当て字になるのが分からない。
こっちの世界でもスイカはスイカなのか?
スイカってたしか、漢字で書くと『なんとか瓜』だろ…?
「『慧駆』の実は、完全に熟すと蓄えられた魔力が爆発して、空高〜くまで飛び上がるのよ。その時、赤い果汁をすごい勢いで噴射するから、うっかり近づくと真っ赤になっちゃうわ」
爆発するスイカとか中国かよ…危ないな。
というか、お姉さん絶対真っ赤になったことあるでしょ…。
「天高く飛んでから、種を撒き散らして広範囲に子孫を残すの。まるで流星のように天を翔ける様子から、この名がつけられたわ〜。」
…今、漢字違ったよね?
彗星というか流星で、駆けるじゃなくて翔けるだ ったよね?
すいません、固有名詞バグが直ったら今度は違うバグが発生しているんですけど…?
ツッコミ所が多すぎて、本音を口にするとどうしても話の腰を折ってしまう。
なので精一杯、心の中に留めるように努める。
説明の後にでも報告しよう。
「空を飛べるほど圧縮された魔力は果実だけでなく、種にも蓄積されているの。そして、含まれる魔力の成分は、ある魔法と酷似しているわ。…あとは言わなくても、フーガなら分かるでしょ〜?」
とりあえず納得できた。
食べるとステータス値が上昇する○○の実とか○○の種みたいな感じだろう。
「移動速度を強化する系統の魔法にそっくりで、『慧駆』を丸ごと使ったあのデザートにも、当然それが含まれていた、と」
「ご名答〜♪ただ問題は、ここからなのよ〜」
呑気に説明していたシュロンは、少し困ったという顔で続ける。
「フーガも何度か見かけてると思うんだけど、ラニッシュさんというおじさんがいてね?」
「あ、カノンに教えてもらいました!あの、めっっっっちゃ素早いおじさんですよね?お姉さんを呼びに行ってくれた…」
「そう!あの人がラニッシュおじさん!『慧駆』の生産は代々彼の家系が受け継いでいるの。だから、慧駆の種を誰よりも愛用しているわ」
なるほど、あの速さはそういう事だったのか。
この日一番の納得したという声で相槌をうつ。
「でもね、私やカノンが種を食べてもあそこまで速くなることは無いのよ。…それなのに!!呼びに来ておいて、いっつも種だけ渡して先に戻っちゃうのよ!?酷いと思わない!?」
突然、話題が愚痴に変わった。
それに対して苦笑を返しながら…
「じゃあ、なんで俺やラニッシュおじさんはこんなに速くなったんですか?あと、無理に動いた反動なんでしょうけど、あとから来るであろう疲労の回復方法があれば教えてください」
直前に言っていた本題へと引き戻す。
あいにくだが、苦情は情報として求めていない。
彗星の速さを得るには特別な条件がありそうだ。
筋肉痛になる前に回復する魔法があればいいな。
特別な条件を満たしていたというのが凄く主人公っぽくて、ついつい期待してしまう。そこへ…
「それは私が説明するわ!」
カノンが待ってましたとばかりに口を開く。
「おじさんは小さい頃に種を食べちゃったの!その時から身体に影響が残っているの!フーガも多分そんな感じ!あと、疲労は村の温泉に入ればすぐ治るわ!」
それだけ言って、あたりに静寂が訪れた。
「…説明ヘタクソかよっ!!温泉のこと以外なんもわかんなかったぞ!!」
だが、別のことを理解した。
いくら美少女でもカノンはちょっとアホな妹みたいな感じなんだ。だから遠慮なく文句を言える。
「…あ〜、まぁ温泉に入れば疲れは取れるってのは分かった。で?小さい頃に食べるのと、俺が食うのとではどう関係あるんだ?」
「…えっ?あっ、そっか!フーガは魔力のマの字も知らないんだった!じゃあ、分からなくっても仕方ないわね〜」
「魔の字くらい書けるわ。はよ、教えろ」
「生まれたばかりの子供は、基本的に魔力が弱いものなの。それこそ、大人の100分の1にも満たないわ。おじさんは3歳くらいのときに種を食べちゃったらしいの。…あ、『慧駆の種』は小さな子供に食べさせちゃダメなのよ?効き目が強すぎて身体を壊すかもしれないからね。」
シュロン姉さんの説明は先生レベル、カノンの説明は小学生レベルだな。
だが、やっと分かった…。
「俺の魔力が余りにも少なかったから、小さな子供みたいに効果が強く出すぎたのか」
そういえば俺の魔力はミミズの餌並だったな。
──あとはシュロンが分かり易く説明してくれた。
魔力が体内に十分にあると種の効果を得にくくなるため、成人した大人なら種を食べてもせいぜい1.5倍の速さにしかならないそうだ。この現象は食物エネルギー耐性と呼ばれている。
ラニッシュおじさんは幼少期に食べたことが原因で特殊な体質になってしまい、大人になった今でも効果が優先的に現れるらしい。
逆に、俺の場合は魔力が少ないのは間違いないが、魔力密度とか飽和魔力量とかが不明なので効果時間や耐性が付くのか、反動がどの程度なのかは一切不明だそうだ。
そして、最後にもう一つ。
もしも走っていなかった場合、体内に取り込まれた『慧駆』の魔力を消費できずに足が爆発していた可能性があったそうだ。
……また主人公補正?
《勘》は否定も肯定もしない。
…近いうちに死にかけるかも?
そっちの考えは全力で肯定された。