第5話 part2
芦田風雅が畑を疾走する姿を目撃し、姉妹ゲンカは秒速で終息した。
「…フーガにかけた支援魔法は、とっくに効果が切れてたはず…。なんであんなに速いの…?」
「…心当たりが多くて絞りきれない。“精密分析”で調べないことには…。ただ、ラニッシュおじさん…みたいな速さね…。」
「っ!?じゃあ、原因はお昼に食べたスイカのコロップルってこと!?」
「その可能性が一番高いわね。フーガの保有魔力が幼児と同じかそれ以下なら、おじさんと同じ症状を発症する。ただ、フーガの成熟した体格なら、負荷によって骨折すること無く動けるはずよ。多分、相当な疲労は残るだろうけど…」
「あの体格で魔力が幼児並とか、そんなの有り得ないでしょ!!……少なくとも、この世界じゃ…。」
「そう。この仮説通りなら、彼は本当に異世界から来たことになる。そうなると…世紀の大事件ね♪カノンも歴史は得意でしょう?」
「うん。全歴9012年と11076年!神様達が連れてきた異世界の人々が、魔神の侵攻と世界消滅の危機を防いだ!…だから、ちょっと事情が違うわね。フーガは何も知らないっていうし。」
「もしかしたら、その人たちもフーガみたいに、最初は説明を受けてなかったのかもしれないわね。詳細な歴史は、もう分からないから」
「う〜ん…。でも、あの神様達が説明も無しにそんなことするかな〜?それに、そもそもここ数百年は世界が混乱するような大事件はおろか、死人が出るような事故も起こっていないっていうのに…。」
二人は真剣な顔に時折笑顔を交えて話し合う。
盛り上がる会話を遮るように、フーガの向かった方向で土煙が上がり、少し遅れて土砂が動く地鳴りのような音が届いた。
ソイツは500m離れた場所からでも分かる存在感を放って、頭を空に突き出した。
「ちょっぉお、お姉ちゃん!?ミミズ!まだいるんですけど!!?」
事件現場に調査に戻ったら犯人と遭遇したような緊迫感がカノンを包む。
逆に、「計画通り」といわんばかりの黒い笑顔でシュロンは答えた。
「あら、4匹とも倒したとは言ってないわよ?午前中に魔力をかなり使っちゃったから、二人に手伝って貰おうかと思って連れてきたのよ〜♪」
「なら、最初から言え!!フーガが食われたかもしれないじゃん!!」
「それはないわよー。ミミズの主食は土に含まれる微小魔力と微生物よ?フーガを襲うとしたら、それはフーガの魔力が微生物並ってことになるわ。幼児並とは思わなかったけど、流石にそれは…」
ミミズが地面に向かって勢いよく頭を振り下ろす。
地面が豪快に抉れたであろうその付近から、跳ねるように逃げてくる風雅の姿があった。
「「襲われてる!!?」」
さっきまでの冷徹な含み笑いはどこへやら、姉妹揃って本気で戸惑う声を上げた。
一切の躊躇なく二人は駆け出す。
「お姉ちゃんってほんっとーに!ドジね!!頭いい癖になんでドジは治らないの!?そういう呪いなんじゃない!?“全解除”使ってあげようか!?」
「こ、これは流石に想定外よ!!いくら巨大でも、ミミズに襲われる人なんて初めて見たわ!?ていうか、そんな呪いないし、もしそうなら自分で解除してるわよ!」
「はいはい、魔力切れのドジ嫁は引っ込んでるか作戦でも考えてて!…すぅー……ふぅ。“戦闘態勢”!」
カノンは魔法発動のルーティーンである深呼吸をする。
「じゃあ、間をとってこの辺で応援させてもらうわ〜。“点在魔力吸収”〜。」
一方シュロンは立ち止まり、黒いモヤから木のベンチを出しつつ手を地面に向けている。
「おいこら[白翠の参謀]。またサボったって[紅蓮の騎神]に言いつけるわよ!?」
「ちょっ!?分かったから!クライスに言うのだけはやめて!!あと、フーガの前でその呼び方は絶対しないでよ!?若気の至りなんだから!!」
慌ててベンチを押し戻し、再び走り出した。
「おおっ!?フーガもコッチに向かって来てる!言うか言わないかは、作戦の出来次第ね!何秒欲しい?」
「10秒!」
「了解!」
二人同時に足を止め、お互いの役割に沿った行動を開始する。その連携っぷりは熟練の冒険者パーティー顔負けだ。
「“誘導式四元砲”!!」
カノンの周囲に赤青白黒4つの光球が現れる。
そこにゆるい声がかかり…
「“誘導式凍結砲”の方がいいでしょ、調べるんだから…。それだとあなた、塵にしたあと爆発させちゃうじゃないの〜」
空中で停滞していた魔弾はそのまま消滅した。
「だから、先に言えっての!!普通はそんなの言わなきゃ分かんないのよ!それより作戦は!?」
「バッチリよ。魔力を使うことなく彼を助けられて、しかもお詫びも兼ねる完璧な作戦!」
「結局魔法は使わないの!?…それは凄すぎて、我が姉ながら引くわー」
「ちょっと〜。そこは褒めるか感謝しなさいよ!」
そう言いながらシュロンがこめかみに指を当てると
、そこから黄緑の光が飛び出し、空気中に溶けるように消えた。
「ヤダ」
簡潔に否定するカノンも同様の動作をとる。どこからか先程と同じく黄緑の光が指先に集まり、こめかみから頭に入るように消える。
─情報伝達の魔法はいくつもある。これはその中でも、集団戦闘の際に作戦が相手にバレないという点が評価され用いられる魔法“秘匿通信”。
特定の所作と属性の組み合わせが周波数のようになり、それを知る仲間内だけで情報のやり取りができる。
学生時代に培った技能を今でも使っているのだ─
「うわーお…。お姉ちゃん、天才ね」
「でしょ?」
少し離れて立っていた二人の間に、青年が飛び込んできた。が、勢いを殺し切れず、2本の溝を掘りながら滑り抜けた。
「いやー、助かった〜。俺1人じゃ上手く倒せる自信なかったからさ。すっげぇ頼もしいや」
「おおっと、フーガさん?原因を調べるためには、殺しちゃ駄目なんだよ〜?」
「そりゃそうだろ。ちょうどいいことにこの武器は非殺傷だ!だから、試したいっ!!あいつの気を音でも立てて引いてくれ!」
そう言い残して二人から離れていく。
何故かやたらとテンションが高い。
カノンは先程バカにされたことを少しだけ根に持っていた。だが、これを聞いたことで逆に安心していた。
良かった、私が普通なだけなんだ…と。
「残念だけど、引き付けられないわ。こいつは魔力の少ないフーガしか眼中にないの!!この世界の人間なら魔力が多いから、ミミズが私たちを襲おうとすることはないわ!」
シュロンの言葉は風雅にとって酷なもので、彼の足を重く止めさせた。
「じゃあ……つまり、俺の魔力はミミズの餌になるような生物以下ってことか!?…いや、魔法使えないし納得はできる…。(だけど…これはあんまりじゃないですか?神様…)」
言葉の通り、ミミズはショックで固まるフーガの方に進路を変更しながら迫る。かなり引き離していたが、もう30m程まで距離を詰められていた。
「とりあえずこっち来なさい!」
「アッハイ!!ただ今!!」
意外にもシュロンに叱責され、反射的に動く。
よもや、感情的に叫ぶような人だとは思っていなかったのだろう。
風雅がシュロンの側まで来ると、カノンも近寄って来て…
「お姉ちゃんも!」
「はいは〜い」
二人に抱き着かれ、風雅が挟まれる。
シュロンは後ろから、首に両手を回すように。
カノンは前から、腰に手を回し胸板に顔を密着させるように。
「ふぁっ!?なっに、を…!?」
「私達の魔力でフーガの存在を隠すの!こうしていれば、アイツはフーガを見失うわ。ほら、もっと寄って寄って!」
「それと、ミミズがまだ残ってることを黙ってたからね〜。それの、お・わ・び♪」
そう言って、シュロンとカノンは更に身を寄せる。
言うまでもない事だが、風雅の背中に豊かな胸が押し付けられる。カノンが密着している位置は風雅の正面。この状況でその位置は非常にマズイ。
風雅は体を左に捻り、なんとか正面をミミズの方に向けた。なにがとは言わないが、ギリギリセーフだった。
「イヤッあのっ…いっつまで、こうしてるん…ればいいんだ?」
「そりゃー、……とりあえずアイツがいなくなるまで?」
「あら、なんなら寝るまででも構わないのよ〜?」
「……。」
「…あっそう、じゃあクライスにそう伝えとくわ」
「んもーっ、二人とも冗談通じないわね〜」
クロメリア姉妹に挟まれ、青年は赤面しっぱなしだった。
目の前の巨大な敵は動き回るのを止め、何かを探すように頭を左右にくねらせる。
両手に花のその青年は、いつのまにか無言で、目を閉じ、精神統一を計っていた。
この状況で大したものだ。
刮目し、平静を取り戻し、高らかに宣言する。
「…よし、やるか!!」