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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
5章 嘘つきの火傷
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15

 

 一定の高さを飛んでいるように見える山は、よくよく見ていると上下に揺れている。

 落ちそうになるのを必死に持ち上げているように見えた。

 つまり彼女が僕に伝えたかったことは、あのようにずっと飛んでいれば、普通は疲れてしまう――そういう話だった。


「よし、これではっきりした」


 空を飛ぶ城の周りを飛んでいる蜂は、仕切りに中にいる蜂と交代していたが、持ち上げている蜂にその様子はなかった。

 ずっと同じ蜂が支えているのである。

 外を見て回るだけの蜂が交代し、重いものを支えている蜂が交代しないというのは妙な話だ。

 必ず交代するはず。

 ただ、簡単には交代できないということなのだろう。

 下手でもして落としてしまえば、あの城はすぐに崩れてしまう。


「よく分かったな」

「う」


 いつかあの城は降りてくる。

 その時に侵入すればいい。

 ただ、地面に降りるその時が一番警備を厳重にしているはずであり、正面から突撃するのはあまりに無謀だ。

 一匹も相手にできない。

 一度も見つかることなく、中に侵入しなくては。


「……無理だろ」


 あたりまえだ。

 あの蜂は、人が相手にできるような生き物ではないのだから。


 とにかく、方針は決まった。

 見失わないようにしっかり追いかけなければ。


「――」


 そこで、僕は大きな過ちに気がついた。

 こちらからあの城が丸見えだということが、いったいどういう意味を持つのか。


「待て、待て待て嘘だろ」


 城の周りを飛んでいた一匹が、こちらに向かって飛んできている。

 あちらからも当然、こちらの姿は丸見えなのだ。


「走れ! すぐに来るぞ!」


 慌てて彼女の手を掴み走り出す。


「うっ」


 彼女は一瞬息を止め表情を歪める。

 あまりに冷たい手のひらは、やはり彼女が普通の人間ではないことをあらためて感じさせる。

 慣れた雪の上とはいえ、走ることは簡単ではない。

 降ったばかりの雪は柔らかく、足を掴んでなかなか離そうとしない。


「だめだ! 追いつかれる――」


 すぐ近くまでそれは来ていた。

 激しい羽音と奇怪な鳴き声は、凍えた体をさらに震わせる。

 なんとか、彼女だけは守らなくては――僕はそのことだけを考える。

 彼女は生まれたばかりだった。

 まだ世界を知らない。

 何もない凍えた世界でも、生きることは誰にでもあるべき幸せそのものなのだから。


「らっしゃ!」


 何かが弾かれる音。

 雪の塊が背中に降り注いだ。

 咄嗟にかばった彼女は、どうやら無事のようである。

 と、そうして安全を確認した自分も、おそらくは無事なのだ。


「お? なんだ、人違いかよ」


 どうやったのだろうか。

 急にあらわれたその少年は、蜂の羽を握り、まだ動き出そうとしている蜂を押さえ込んでいた。

 何を写しているのかわからない化け物の瞳は、自身を押さえ込んでいるその少年を捉えているだろう。

 と、鼻に付く刺激臭が、体に危険を伝えていた。

 その匂いには、近づいてはならない本能のようなものがあった。

 しかし、僕の体は動かない。

 少年にも伝えなければ――それは危険な匂いだと。


「よいしょっと」


 目を思わず逸らしてしまう。

 少年は鋼のようなその体を、踏みつけていた。

 傷ひとつなかった鉛色の体を、踏み抜いていた。

 手を離していた彼女が、慌てて僕の手を握る。


「うぅ」


 また表情を歪めて、しかし彼女はすぐに表情をもどす。

 彼の異常性に、彼女も驚いているのだろう。


「俺と同じくらいのやつを探してるんだけど、知らない? はぐれてちゃってさ」


 まるでなにもなかったように笑う。

 危険は消去されたはずだった。

 その少年の力によって消去されたのだから。

 しかしどうだろう。

 いまの僕には、彼が危険に思えて仕方がなかった。


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