15
一定の高さを飛んでいるように見える山は、よくよく見ていると上下に揺れている。
落ちそうになるのを必死に持ち上げているように見えた。
つまり彼女が僕に伝えたかったことは、あのようにずっと飛んでいれば、普通は疲れてしまう――そういう話だった。
「よし、これではっきりした」
空を飛ぶ城の周りを飛んでいる蜂は、仕切りに中にいる蜂と交代していたが、持ち上げている蜂にその様子はなかった。
ずっと同じ蜂が支えているのである。
外を見て回るだけの蜂が交代し、重いものを支えている蜂が交代しないというのは妙な話だ。
必ず交代するはず。
ただ、簡単には交代できないということなのだろう。
下手でもして落としてしまえば、あの城はすぐに崩れてしまう。
「よく分かったな」
「う」
いつかあの城は降りてくる。
その時に侵入すればいい。
ただ、地面に降りるその時が一番警備を厳重にしているはずであり、正面から突撃するのはあまりに無謀だ。
一匹も相手にできない。
一度も見つかることなく、中に侵入しなくては。
「……無理だろ」
あたりまえだ。
あの蜂は、人が相手にできるような生き物ではないのだから。
とにかく、方針は決まった。
見失わないようにしっかり追いかけなければ。
「――」
そこで、僕は大きな過ちに気がついた。
こちらからあの城が丸見えだということが、いったいどういう意味を持つのか。
「待て、待て待て嘘だろ」
城の周りを飛んでいた一匹が、こちらに向かって飛んできている。
あちらからも当然、こちらの姿は丸見えなのだ。
「走れ! すぐに来るぞ!」
慌てて彼女の手を掴み走り出す。
「うっ」
彼女は一瞬息を止め表情を歪める。
あまりに冷たい手のひらは、やはり彼女が普通の人間ではないことをあらためて感じさせる。
慣れた雪の上とはいえ、走ることは簡単ではない。
降ったばかりの雪は柔らかく、足を掴んでなかなか離そうとしない。
「だめだ! 追いつかれる――」
すぐ近くまでそれは来ていた。
激しい羽音と奇怪な鳴き声は、凍えた体をさらに震わせる。
なんとか、彼女だけは守らなくては――僕はそのことだけを考える。
彼女は生まれたばかりだった。
まだ世界を知らない。
何もない凍えた世界でも、生きることは誰にでもあるべき幸せそのものなのだから。
「らっしゃ!」
何かが弾かれる音。
雪の塊が背中に降り注いだ。
咄嗟にかばった彼女は、どうやら無事のようである。
と、そうして安全を確認した自分も、おそらくは無事なのだ。
「お? なんだ、人違いかよ」
どうやったのだろうか。
急にあらわれたその少年は、蜂の羽を握り、まだ動き出そうとしている蜂を押さえ込んでいた。
何を写しているのかわからない化け物の瞳は、自身を押さえ込んでいるその少年を捉えているだろう。
と、鼻に付く刺激臭が、体に危険を伝えていた。
その匂いには、近づいてはならない本能のようなものがあった。
しかし、僕の体は動かない。
少年にも伝えなければ――それは危険な匂いだと。
「よいしょっと」
目を思わず逸らしてしまう。
少年は鋼のようなその体を、踏みつけていた。
傷ひとつなかった鉛色の体を、踏み抜いていた。
手を離していた彼女が、慌てて僕の手を握る。
「うぅ」
また表情を歪めて、しかし彼女はすぐに表情をもどす。
彼の異常性に、彼女も驚いているのだろう。
「俺と同じくらいのやつを探してるんだけど、知らない? はぐれてちゃってさ」
まるでなにもなかったように笑う。
危険は消去されたはずだった。
その少年の力によって消去されたのだから。
しかしどうだろう。
いまの僕には、彼が危険に思えて仕方がなかった。




