13
「失うことに耐えなくては――」
猫の言葉は、耳に入ってこなかった。
箱の中で涙を流す琴子の姿だけが、僕を捉えてしまっている。
「間違っているのよ。わたしがこの体を動かしていることが」
「じゃあお前はどうなるんだよ」
「わたしはもともと死んでいるのよ? どうなるもなにもないわ」
琴子は死んでいる。
では、僕がこれまで話していた琴子はどうなるんだ。
記憶を失ってしまう彼女はどうなってしまうんだ。
「わたしが消えるだけよ。きっと記憶だけは残るはず。あなたとこうして話していることも、忘れることなんてない」
死に行く人を止められないことが悔しかった。
彼女がどうしてそうなったのか知ってしまった以上、そのような歪んだ人間がいてはいけないと思ってしまっていた。
ほんのすこしの時間だった。
何を話していたのか、全部思い出せるくらい――本当にすこしの間しか一緒にはいなかったのだ。
「掴んでくれてありがとう。うれしかっ――――」
がくりと琴子は何かを失って倒れこむ。
箱はゆっくりと開かれる。
気づけば、近くにいたはずの猫はもういなくなっていた。
ここでの事はもう済んだということなのだろうか。
目をつむったままの彼女の姿は、やはり琴子のままだったが――しかしどこか幼く見える。
見ているうちに、琴子の顔を忘れてしまいそうな気がして、目をそらした。
「先に進んでやる。僕は、ここで足を止めたりなんかしない」
部屋が揺れる。
まるで俺の声に反応したようだったが。
揺れが静まっていくと、部屋の壁に扉が出てきていた。
1という数字が刻まれている。
――――――――
「……何か、音がした」
銀色の肌、醜い目。
部屋の隅で息をひそめるように座っていた何かは、のっそりと起き上がる。
部屋に唯一ある扉には、3という数字。
「ああ、やっと終わる」
やがて扉が開き、だれかがやってくるだろう。
その時を彼女は待っていた。
静かに眠る事ができる日を、ただずっと、待っていた。
部屋が揺れやがて光が入ってくる。
そこには二人の子供が立っていた。
「最後の試練よ。5人目」
失う事を知り、選ぶ事を知り、許す事を知り、そして――
「壊す事を知りなさい。それが4つ目の試練。私達からの最後の試練よ」
「……」
「空を飛ぶ城を破壊。そして――」
子供達は外へ出て行く。
やがて彼は、ここに帰ってくるだろう。
「僕がこの凍えた時代を終わらせてやる」
彼の声に、迷いはなかった。




