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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
5章 嘘つきの火傷
93/147

12

 

 黒い猫は、ただ僕を見ていた。

 鳴くこともなく、尻尾を揺らして俺を見ている。


「お前は――」


 思い出していた。

 最初の部屋にあった絵画。

 1枚目にいた猫に似ている。

 するどい赤い瞳は、僕になにかを訴えかけているようだった。


「琴子はどこに行ったんだ」

「……」


 猫はじっと、やはり見るだけで、声を出すことはない。

 それが猫であるのなら当たり前だが、その猫が纏う異様な雰囲気は、ただの猫だとは思わせてくれない。


「あなたで5人目」

「なんの話だ」

「英雄は決して、幸せには終わらない。英雄は決して、救われてはいけない」


 猫が口を動かしている様子はない。

 しかし話しているのはその猫だ。


「あなたには覚悟が必要よ」

「……琴子を助けるためには、何かしろってことか」

「英雄は決して――」


 猫はそこで話すことをやめた。

 前足を壁に当てると、そこに扉が出来上がる。

 浮かび上がる0という数字には何か意味があるのだろうか。


「入りなさい」


 猫の後ろについて、中に入る。

 中には大きな箱があった。

 前面はガラス張りで、中身がはっきりと見える。


「琴子!」


 気を失っているようだった。

 反応がない。


「彼女には記憶がない。名前もない」

「なにを」

「しかし彼女は記憶があり、名前を持っている」


 猫の言っていることがさっぱりわからなかった。


「……」


 猫は部屋の隅にある机に飛び上がり、そこからレンズのようなものを投げた。

 どうやらそれで、見てみろということらしい。


「――え」


 彼女の姿が曖昧だった。

 子を身ごもる母親の姿と幼い子供の姿が、同時に見えていた。

 その姿は完全に重なっている。

 重なっているが、しかしズレている。


「一つの魂にはひとつの命。二つが同時にあってはならない」

「ま、まて……なんだよそれ……」


 見えてくるのは、彼女の過去だった。

 生まれてきた、彼女の人生だった。

 自分の中が侵されていくことに、彼女は耐え切れなかった。

 やがて食べるものを求めて、自分を閉じ込めている壁を食い破り、そして身の回りの肉という肉を食い尽くす。

 そしてそのまま、暗闇の中で眠るのだ。

 そして彼女は学習する。

 口に入れたものに、記憶というものがあったから――。


 その記憶の生存意欲は強すぎた。

 彼女はそのあまりもの力に押され、押さえ込まれ――やがて乗っ取られてしまったのだ。


 やがて暗闇の中で十分な成長を遂げた彼女は、空を求めて登り始める。

 ただ土を掘り進み、そして外へ這い上がった。

 暗闇から解放されたことに安堵して、彼女は眠ってしまう。


「そうよ、ノゾム。わたしは琴子の娘だったのよ」


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