12
黒い猫は、ただ僕を見ていた。
鳴くこともなく、尻尾を揺らして俺を見ている。
「お前は――」
思い出していた。
最初の部屋にあった絵画。
1枚目にいた猫に似ている。
するどい赤い瞳は、僕になにかを訴えかけているようだった。
「琴子はどこに行ったんだ」
「……」
猫はじっと、やはり見るだけで、声を出すことはない。
それが猫であるのなら当たり前だが、その猫が纏う異様な雰囲気は、ただの猫だとは思わせてくれない。
「あなたで5人目」
「なんの話だ」
「英雄は決して、幸せには終わらない。英雄は決して、救われてはいけない」
猫が口を動かしている様子はない。
しかし話しているのはその猫だ。
「あなたには覚悟が必要よ」
「……琴子を助けるためには、何かしろってことか」
「英雄は決して――」
猫はそこで話すことをやめた。
前足を壁に当てると、そこに扉が出来上がる。
浮かび上がる0という数字には何か意味があるのだろうか。
「入りなさい」
猫の後ろについて、中に入る。
中には大きな箱があった。
前面はガラス張りで、中身がはっきりと見える。
「琴子!」
気を失っているようだった。
反応がない。
「彼女には記憶がない。名前もない」
「なにを」
「しかし彼女は記憶があり、名前を持っている」
猫の言っていることがさっぱりわからなかった。
「……」
猫は部屋の隅にある机に飛び上がり、そこからレンズのようなものを投げた。
どうやらそれで、見てみろということらしい。
「――え」
彼女の姿が曖昧だった。
子を身ごもる母親の姿と幼い子供の姿が、同時に見えていた。
その姿は完全に重なっている。
重なっているが、しかしズレている。
「一つの魂にはひとつの命。二つが同時にあってはならない」
「ま、まて……なんだよそれ……」
見えてくるのは、彼女の過去だった。
生まれてきた、彼女の人生だった。
自分の中が侵されていくことに、彼女は耐え切れなかった。
やがて食べるものを求めて、自分を閉じ込めている壁を食い破り、そして身の回りの肉という肉を食い尽くす。
そしてそのまま、暗闇の中で眠るのだ。
そして彼女は学習する。
口に入れたものに、記憶というものがあったから――。
その記憶の生存意欲は強すぎた。
彼女はそのあまりもの力に押され、押さえ込まれ――やがて乗っ取られてしまったのだ。
やがて暗闇の中で十分な成長を遂げた彼女は、空を求めて登り始める。
ただ土を掘り進み、そして外へ這い上がった。
暗闇から解放されたことに安堵して、彼女は眠ってしまう。
「そうよ、ノゾム。わたしは琴子の娘だったのよ」




