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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
5章 嘘つきの火傷
92/147

11

 

 しばらくして落ち着いたのか、琴子はため息をついた。


「ほら、立てるか」


 座り込んでいた彼女に手を伸ばす。

 軽く頷いて、琴子は手を握った。


「ありがと。さあ、先にいきましょう」


 通路はただ真っ直ぐと続いているようだった。

 先が見えない。

 どれだけ歩けばいいのか見当がつかなかった。

 振り返ってみるとすぐに壁があり、行く先はただ一つのみ。


「悩む必要もないから、それはそれでありか」


 手を握ったまま歩いていく。


「ねえ、ノゾム。あなたは何もなかった?」

「何も?」

「ええ、その……わたしは夢を見たんだけど」

「ああ――」


 確かに、僕も同じように夢を見た。

 夢と言っていいのかわからないが、僕が見たのは親の笑顔だった。

 僕は小さな手を伸ばして、その顔に触れようとしていた。

 親二人は揃って頰を緩ませて、僕を抱き上げてくれたのだ。

 きっとあの光景は――


「生まれたときだったんだろうか。いや、違うな。でも僕は、幸せな夢を見た気がする」

「そう」


 琴子の手に力が入ったのが分かった。

 彼女はそんな夢ではなかったということだろうか。


『たった一人だ』


 通路に声が響く。

 どこから聞こえたのかがわからない。


『どうして僕だったんだ。どうして僕だけが戦わなくちゃいけないんだ』

「な、なに?」


 地面が揺れている。

 僕は琴子を引き寄せて、様子を伺う。

 建物が崩れ始めているわけではない。

 もっと違うなにかが起きようとしている。

 そんな予感がした。


「きゃっ」

「こ、琴子!」


 急に現れた穴は、琴子を飲み込もうとしていた。

 落ちていく彼女を掴み、必死に持ち上げる。


「くっ……重い」

「はははっ」


 どうなってしまうかもわからないのに、琴子は笑っていた。


「琴子! 手を離すなよ! ほら、もう片方の手を伸ばせ!」


 彼女は頑なに、左手を伸ばそうとはしなかった。

 口も開かずに、ただ首を振っている。


「なにしてるんだよ! はやく!」

『名前もない――記憶もない――僕は、なにも持っていない――』

「琴子!」


 落とすまいと握る手のひらには、汗が滲み、少しずつ彼女が離れていくのが分かった。

 このままではだめだ。

 このままでは、彼女は落ちてしまう。


「――――」


 一瞬、なにかが視界を横切る。

 黒い――小さな獣。

 猫だ。

 なぜこんなところに。


「じゃあね」


 彼女の重みは、もう感じることができなかった。


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