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年齢はナナカとほぼ同じだ。
見た目から判断しただけではあるが、少なくともヒビキより年上だということはない。
この映像を知っているということは、31年前――A762年9月16日時点で、生きていたということである。
「いや」
そもそもその映像は表に出たものではなかった。
表に出ていたものなら、そもそもヒビキが知らないはずもない。
軍にいたのに知らされていなかったほどに、それは隠されたものだったのだから。
「違う、考えるのはそこじゃない」
見た目はまだ十代。
彼が生まれた頃には情報を発信するものはなにひとつなかったはずだ。
テレビやラジオにしても、いまはただのガラクタ。
いまヒビキが見ていた映像は、軍のファイルに残されていたもの。
どうやったとしても、彼の年齢でこの映像のことを知ることはできない。
やはり、31年前に生きていてなおかつ、ある程度軍内部または国上層部に近しい立場にいた人間だ。
「あなたはどちらですか?」
「うっ」
首に当てたれた彼の手のひらは、人のものとは思えないほどの冷たさだった。
自分の体が凍っていくような錯覚をおぼえる。
首を締められてもいないはずなのに、息苦しさに眉をひそめた。
「き、君は――」
「おれのことはどうだっていんです」
ここに来てはじめて、ヒビキは彼の顔をしっかりと認識した。
茶の混じる黒髪と、燻んだ青色の瞳。
少し丸みを帯びた顔に、誰かの面影を見た。
「わからない。君がどんな存在か。どうして君に、あの人の姿が見えるんだ。どうして君に」
ヒビキは隠していた拳銃を取り出した。
彼の頭に向けようとした瞬間――
「銃の練習、したんですか?」
「え――」
彼は柔らかな笑みを浮かべる。
ヒビキの目に映ったのは聖母のような――。
何かが落ちる音がした。
ヒビキの手に握られていたはずの銃がない。
手が震えていた。
「うぐ」
壁に投げつけられ、ヒビキは弱々しく声を上げる。
落としてしまった銃は、目の前に立っている何者かに拾われてしまっていた。
「また、当てられませんでしたね」
ヒビキが最後に聞いたのは、誰の声だったのだろうか。
自分に何が起きたのかもわからないまま、彼は体を置いていく。
五発の弾丸によって撃ち抜かれた体。
自分から流れ出ていくものとともに、意識も流れていく。
開かれたままの目の先には、やはり少年がたっているだけだ。
ヒビキが捉えた聖母の微笑みは、やはり錯覚だったのだろうか。
ずっとあった痛みが失われていく。
まるで刺さっていた棘が抜け落ちたように、チクチクとした痛みが無くなっていた。
「――これで良かったんだよ。母さん」
投げ捨てられた銃は、滑るように床を転がった。
ぴたりと、ヒビキの手のそばに止まる。
「……」
彼はもう二度と、動き出すことはなかった。




