終 楽園の在り処
雪の中にいた。
肌を刺すような凍った風は、気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうなほどに激しいものだった。
空を見上げる――。
すぐ近くにあったはずの空は、どれだけ手を伸ばしても届きそうにない。
こんなものをまがい物のあんな天井で再現しようとしていたとは――。
絵に描いても完全には再現できない。写真だって、この広さを完全に伝えることはできないだろう。
希望はどこにもない。
そんな言葉で自分を奮い立てて、希望はそこらへんに転がっているものじゃない、自分で作り上げるものだ――そんなことを考えていた自分がバカらしい。
希望なんて本当に、どこにもなかったのだ。
空気が侵されたという話は嘘で、なにかが侵略していることは母の話で知っていた。
それをしたのが、彼女の夫だということも。
おれが知っていたのはそれだけだ。外に危険なものがいると、ただそれだけだと思っていた。
雪はおれを埋めていく。
おれが知っている世界じゃない。
こんな寒いことなんて一度もなかった。
お腹が空いたことなんて一度もなかった。
食べ物を手に入れることがこんなに大変だなんて知らなかった。
体が動かなくなってどれだけの時間が経ったのだろうか。
失われていく寒いという感覚と、ぼやけていく視界――。
これからどうなるのだろう。
身体中は怪我をして痛むはずなのに、そんな痛覚も感じない。
どうしておれはこんな場所で倒れているのだろうか。
「…………」
ぼんやりとした視界の隅に、なにかが写り込む。
これだけの強風の中でも、少しもブレずに宙に浮かんでいる。
どうやら一つではなく、二つ姿があるようだ。
それらを従えるように、だれかが歩いている。
のそり、のそりと、一歩一歩なにかを確かめるように歩いていた。
ぴたりと足を止める。
おれが倒れていることに気がついたようだった。
宙に浮かんでいる何かが、何か音を発しながら近づいてくる。
「ぁ…………ぁあ…………」
飛び出してきた大きななにかを引き止めて、二つ足で歩く人のようなものは近づいてくる。
近づいてきてみると、それは人に近いなにかだった。
肌は所々銀色に光っていて、しかし服装は人のものだ。
目は紫の濁った色をしているが、なにか人の目とは違うような気もする。
首に巻いていたなにかを、おれを抱き上げてから巻きつけてくれた。
ぼろぼろの布だろうか――。
汚れきってしまって、元がどんな色なのかもわからない。
泣いている――。
ずっと探していたなにかを見つけたように、彼女はおれの体を強く抱きしめていた。
なにかを失い続けた戦いは終わったのだ。
そのことを思い出すのは、もう少し落ち着いてからでいいだろう。
おれはどこか懐かしい温かさに身を委ねて、目を閉じた。
新章準備中のため、暫くお休みします。
次回投稿は5月29日11時更新予定です。




