6 兄妹
「最初は外してやった。これが本物だっていうことを見せつけるためだ。別に失敗したわけじゃない」
と言ったのは、階段に腰掛け僕らを見下ろしてくる――迷いもなく銃を撃った男だった。
「動くなと言った。次動けば、死ぬぞ」
という彼の発言は、さっきのものを見る限り、十分な脅迫になっていた。
瑛士には抵抗手段なんてないし、そもそも銃に勝てるものなんてあるはずもない。
「答えによっては悪いことはしねえ。お前らはたったひとつ、答えればいいだけなんだ」
「……なんです?」
お前らは人間か?
瑛士たちに向けられた質問はつまり、彼もまたこのおかしな現状に巻き込まれているということだった。
彼はいまの状況がわからなくて、瑛士にそう聞いているのだ。
「人間だ」
「……そうか」
彼は立ち上がり、階段をゆっくりと降りてくる。
「お前らは人間のようだ。あの――水晶人間のように、体に水晶がないから見りゃわかるんだが」
奈々嘉をかばうようにして倒れたままの瑛士の前で、彼は立ち止まる――かと思いきやそのまま足を進め、
「うっ」
瑛士の頭に足を乗せて、これでもかという具合に踏みつけてくる。
その力に容赦はなく、横目で見上げる彼の顔に迷いはないように見えた。
「この人殺しが。何人殺ってきたんだ? お前からは吐き気がするくらい血の匂いがしやがる。あーあー可哀想だ。お前なんかに殺されて、そいつらはどう思ったんだろうなあ」
「やめてくださいっ!」
奈々嘉が起き上がって彼に掴みかかるが、軽く片手ではじかれてしまう。
それでも彼女は立ち上がり
「仕方がないんです! あのガラスの人たちはあたしたちを襲ってくるんですから――瑛士くんはあたしを守ってくれているだけなんです!」
「正当防衛ってやつ? 違うだろ。あいつらは――水晶人間は……いや、お前らはガラス人間って呼ぶのか? とにかくあいつらは、襲ってきてるわけじゃあないだろ。助けてくれって、助けを呼んでいるんじゃあないのか?」
「そんな……そんなはずありません! いままでずっと襲われてきたのに」
茜ちゃんも死んじゃったのに――と声には出さなかったけれど、奈々嘉は言った。
「ぼ、僕から聞きたいことがあります――あなたの服に付いたその血はいったい何からついたんです? あなたはその銃でだれかを撃ったんでしょう――殺したんでしょう?」
彼は瑛士の頭から足を下ろさずに銃を向けて言う。
「命は断った。でも、殺したんじゃあない。お前とは違う。助けてくれって――死にたくないって言われたから、逝かせてやっただけだ。殺して死なすんじゃなく――逝かして生かしたんだ。お前らとは違う」
「何が違うんだ! あんたも人を殺したんだろ! 生きていけなくしたんだろ! 仕方のない事なんだ! 生きていくには、殺すしかないんだから」
瑛士の叫びは、本当に彼に届いたのかもわからないほど、彼は無反応だった。
銃は向けたまま、ぴくりと動きもしない。
ただ、ぎょろりと動いた眼球が瑛士を捉えた時、急に体が強ばり動かせなくなっていた。
「そうやって人を殺すことを正当化するんじゃあねえよこのクソガキが。俺を巻き込んで、俺の人殺しを勝手に正義にするんじゃあねえよ」
彼の指先に力がこもる。
「逝かせるっていうのはな、相手ができるだけ痛みを感じないように殺してやることだ。ただ急所を刺して殺すわけじゃあない。でもな、お前が言う通り、殺すという行為としては同じなんだぜ。罪は背負わなくちゃあならない。罪から逃げることは許されない。お前と俺はやっぱり違う」
人を殺すという罪――それはあまりにも重く、それを背負いもせず逃げるというのは許されない行為だ。
瑛士はそれを――数えきることができないほどにしてしまっている。
背負いきれないほどにしてしまっている。
「それでも僕は、正当化しなきゃだめなんだ。仕方がないって、思わなきゃ生きられないんだ。これは奈々嘉のためなんだから、その罪から逃げてでも奈々嘉を守らなくちゃいけないんだから」
「……ちっ」
彼はため息を吐いて足をどかした。
瑛士は頭に残る圧迫されるような感覚に顔をしかめる。
奈々嘉はすぐに瑛士の隣に座って、起き上がるのを手伝ってくれた。
「俺は佐上。この街はもうだめだ。外に出たい。しかしお前らも見たんだろう、軍が邪魔だったからすこし休憩も兼ねてここに来た」
「僕は瑛士、彼女は奈々嘉だ。僕も外に出たい。でも軍を見てここに来た」
彼は満足そうに嫌な笑みを浮かべたあと、鼻で笑い
「協力しようじゃあねえか。外に出るまでは仲間ってやつだ」
「……わかりました。外に出るまで」
二人で行くにはあまりにも無謀だったから、丁度良かっただろう。
「だれか来たのですか?」
と、建物の奥の方から声がして、瑛士と奈々嘉は顔を上げた。
そこにはひとりの女性が、右手に持った杖にすがるようにして立っている。
「あれは俺の妹だ。名前は恵美」
「……こ、こんにちは」
戸惑いが見て取れる。
彼女は手を上げてそう言ったが、瑛士は軽く頭を下げるだけにした。
外を出るまで仲間なだけなのだから。
「なにか策が?」
何も考えていないとは思いにくい。
「正面突破――と言いたいところだが、そういうわけにもいかない。俺には妹がいるしお前にはその子がいる。あまり危ないことはしたくない」
「…………で?」
「もうすぐ日が暮れる。あいつらも夜になれば少しは気が緩むだろう。あとは、分かるな?」
「――分かりました」
覚悟を決めなくてはならない。