7 ただいま
逃げ込んだ場所は、第一食堂。
今日の昼食、おれたちはここで済ませたわけだが。
ここにそんな安全な場所なんてあるのだろうか。
「ほら、こっちだ」
食堂はカウンターまでいけばその日の定食を渡してくれる。
日替わりで種類があるわけではない。
その代わりに、食堂によって和食や洋食と出してくれる料理が異なるのだ。
カウンター傍の扉を超え、中に入っていく。
カウンターには料理がぎりぎり通るほどの穴があるだけで、中の様子なんて伺ったこともなかった。
気になったこともなかったし、想像では、大人たちが料理を作っているのだと思っていたが。
中には機械があるばかりで、人の姿は見えなかった。
冷蔵庫などはあることを思うと、全てを機械が作っていたわけではないようだが。
「ついたぜ」
「か、階段?」
三崎が驚くのも無理ない。
調理台の下――本来なら調理器具が並んでいるような場所だ。
そんな場所にまさか階段があるなんて。
ハジメを追いかけて降りていく。
奥に進むほど暗くなっていく。
ハジメの持っている明かりだけが頼りだった。
ひんやりとした空気の中、三人の靴音が何重にも響いて聞こえている。
「ハジメが掘ったのか?」
「あー、違う。信じられないかもしれないが、ここを掘ったのは母さんだ」
「母さんが?」
母親がおれを育ててくれた時には、足を痛めて歩き回ることができなかった。
ずっと昔の話かもしれない。
それこそ、ハジメが幼かったくらいの頃。
何十年も前――。
「俺たち子供を助けるため、こうして隠れることができる場所を作ってくれたんだよ。協力者は何人かいたみたいだしな。今のお前には、どの大人も敵に見えるかもしれないが、昔だって――きっと今だって、味方はどこかにいるんだよ」
母親だって、もしかすればまだどこかで生きているのかもしれないし。
「扉だ」
三崎の声を聞いて、すぐ先に見える扉に気がついた。
扉の前に電球がひとつぶら下がっていてチカチカと頼りなさげに照らしている。
ハジメは扉を何度か叩いて、すると山彦のように音が帰ってきた。
「はぁ、疲れた」
扉を押してハジメは入っていく。
この先は知らない世界だ。
いままでいた場所とはかけ離れた場所だ。
「おかえり」
部屋に入ると、そこにいたのは数人だけ。
おれと三崎のことをずいぶんと歓迎してくれているようだ。
「ほら、おかえりって言われたらなんて言うの?」
ハジメの頭をコツンと叩いて、おそらくハジメと年齢が近い女性は、奥へ行こうとする彼を引き止めた。
「はいはいただいま」
「よろしい」
わざとらしく大きなため息をついたハジメを、またコツンと頭を叩いたが、すぐにおれと三崎のほうへ顔を向けた。
「おかえり。これからは家族だよ」
初めて言われた言葉だった。
いつも自分一人の部屋に帰るだけで、誰かのいる場所に帰ったことなんてなかったからか。
その言葉はやけに心地のいいものだった。




