5 希望はその先に
「三崎! こっちだ、こい!」
手を引いて、駆けてくる半裸の男を睨んだ。
引き返せば、街のしもべとなった子供と、凶器を持った男。
逃げるならこの半裸の男を制していかなければ。
おれは武器もない。
肩を負傷したままで、どう戦うのか。
半裸の男はどうやら武器を持っていない。
差といえば体格くらいだ。
「あぁっ!」
乱暴にぶつかるしかない。
肩に走る痛み――。
倒れた男を踏みつけて、走り出す。
止まってはダメだ。もう振り返れない。
「三崎、おれと死ぬ覚悟はあるか」
「いいよ。わたし、大門と一緒に死ぬ」
階段を駆け上がり、行く場所はひとつだった。
開いたままの扉を通り、外に出る。
見上げればすぐそこに空があった。
手が届きそうな高さ。
「本物の空って、もっと綺麗なんだってさ。こんな平べったい感じじゃなくて、もっと広くて、澄んだ青の色」
「そうなんだ」
「太陽だって、あんな四角いやつじゃない。丸くて、夜になったら白い月が出てくるんだ」
この街は狂っている。
「いこう、大門」
屋上の端に立って、彼女は手招いた。
『お別れするときに言ったのよ。あの子、変に賢かったから』
希望なんか、どこにもない。
いまが、まさにそれだ。
ここから飛び降りる先に希望はない。
飛び降りなかったからといって、希望があるわけでもない。
「また次会うときは、どうしようか」
三崎は涙を流して言う。
もう一度――おれたちが生まれ変わってまた会うなんてことがあるのなら、そんな幸せはないだろう。
そのときはもっと普通な世界で、平凡に暮らして、同じような毎日を繰り返すことになったとしても――それでいい。
「はじめまして、だな」
「まずは挨拶ってこと? なにそれ、もっとロマンチックなやつにしてよ」
「だって初対面だぞ? いきなりハグまではないだろ」
「いいじゃん、ちゅーしたって。ハグちゅーまでやってもいいじゃん」
いまだってやってないのに、そもそも友人関係だ。
それでも、そんな奇跡があるのなら、そのくらいのことしてしまってもいいような気もするが。
声が聞こえる。
もう、すぐ近くまで追ってきているようだ。
「希望、あったよ」
「なに?」
「いや、なんでもない」
彼女が無言で差し出した手を握って、下を見た。
彼女の手は震えている。
怖くないはずがない。きっと痛いだろう。
「またな、三崎」
「うん」
空が遠くなっていく――。
「いてぇ!」
後頭部を打ち付け、鈍い痛みが走る。
忘れかけていた肩の痛みが急に増した。
「反逆者の息子だな、お前。よかった、やられてなかったか」
なにが起きたのか。
となりで同じように倒れて頭を押さえている三崎の姿を捉える。
飛び降りる寸前、首元を掴まれて引き戻されたのである。
「よう、弟。俺は長男のハジメだ」
おおよそ30代だろうか。
ボロボロの服を身にまとった怪しげな男は、おれの頭を撫でてそう言った。




