3 街の呪い
「これで全員だな。さあ、自分の席に座ってくれ」
見た事のない教師が立っていた。
教師の服にしてはなにか妙なものだった。
白の生地に混じってうっすらと他の色が混じっている。
なにか意図がある服装なのかもしれないが、いまそれを気にする事ができるほど、おれに心の余裕がなかった。
「――――」
音も立てず浮かんでいる存在。
それには近づいてはいけないと、なにかが警告しているようだ。
「それは、我が軍の最終兵器。決して、お前たちの敵ではないと言っておこう」
軍と言ったか――。
その男の胸にはなにかのマークがある。
やはりみたことのないものだ。
手に持っていたリモコンのようなものを握って、彼はホログラムを消した。
やっとのことで緊張がとけて、教室に安堵の空気が流れた。
「まず、これまで君たちを隠していた事を謝らなければならない」
男は頭を下げた。
「この街は地下にある。本来の私たちの居場所は、もっと上――まがい物の空ではない、本物の空の下だ」
驚きの声を上げる生徒が何人かいたようだ。
おれのように外の世界があることを知っている生徒は、たいして驚かなかったようだが。
「28年前、我が国は某国からの襲撃により、地上で生きる事ができなくなった。空気が汚染されてしまったのだ。我々はそして地下に逃げ込んだ。そして、今に至る――」
内容が理解できないまま、話が進んでいく。
それはどうやら、おれだけではないらしい。
そんな話聞いたことがない。
「そして、先ほどの最終兵器だが。君たちにはパイロットになってもらう。地上には敵軍の兵士たちがうじゃうじゃ沸いているのだ」
再度映し出されたホログラムに、今度は出て来るとわかっていても驚いてしまう自分がいた。
滲み出る額の汗は、それが、偽物だとは思えないほどの恐怖感の塊だったからか。
赤色の体――おそらく鉄製の、鋭い羽。
そして一番目につくのは、鈍く光る針だろう。
以前読んだ図鑑に載っていた何かに似ている――。
「蜂だ」
ギロリと目が動いた気がした。
気のせいだ。動くわけがない。
「さあ、皆これを見ろ」
蜂のホログラムが消えて、浮かんだのはマークだった。
どこかで見たことのあるものだ。
「目覚めの時だ、諸君」
サイレンがなる。
静かだった教室に奇声が響き渡った。
『さあ、いいね。よーくこれを見るんだ。出撃。いいね? 出撃だ。死を恐れるな』
自分が失われていくようだった。
「さあ、ついてこい。これからお前たちは、世界を取り戻すのだ」
行かなくては。出撃だ。
あのマークは、出撃だ。
死を恐れるな、だ。
生まれてから3歳まで、この街の子供は義務的になんらかの映像をずっと視聴し続ける。
それがいったいなにだったのか覚えていないはずだ。
でもいま、おれや、他の生徒たちにははっきりとわかっていた。
「死を恐れるな」
その意味は、幼いおれにはわかっていなかっただろう。
いまのおれは違う。
はっきりと、その死というものがわかっている。
わかっていても、それだけはと止めるはずのブレーキが欠損しているようだ。
意図的に外されたのだ。
「外の世界を取り戻すのだ!」
男が声を張り上げた。
生徒たちは揃って声を上げる。
いかなくては――。
いかなくては――。




