2 大人になること
仕事を終え第一食堂までやってきた。
あいかわらず人気がない食堂だ。
和食が好きだというのも嘘ではないのだが、こうして人が少ないのが落ち着くというものである。
「遅いよ、大門」
「長引いたんだよ。先に食えばいいだろうが」
「寂しいじゃん」
こうして連れそってご飯を食べる方が珍しいというのに、彼女はいつもそう言うのだった。
「飯食って、さっさと学校いくか」
「そうね」
並んで食堂に入って、いつも通りに並んで座って、いつもと同じように会話して――同じような毎日を繰り返してく。
そんな退屈な毎日に疑問を持っているのは俺だけなのだろうか。
この狭い世界で、この先もずっと同じような時間を過ごしていく恐怖が、三崎や他の人間にはないのだろうか。
「そういや、今日から歴史の授業だったな」
「あんまり知らないもんね、わたしたちって。大人と話すこともないし」
私語が禁止された仕事中以外、大人に会うことはない。
子供と大人は完全に別で生活していると考えていいだろう。
「まあ、おれももう16だしなあ」
「わたしもね。もう大人になるってことなのかな」
大人にならないと教えてもらえない知識があるのかと考えると――その知識はきっとよくないものだ。
わざわざ隠していることがその証拠なのだろう。
ぼんやりと空を見上げる。
太陽がゆっくりと旋回している。
時間が来れば少しずつ光が柔らかくなって、やがて暗くなる。
その頃には部屋に戻っているから、遅い時間の空を見上げることはできないが。
『知らなくていいこともあるのよ』
母親の言っていた言葉を思い出す。
今はもう会うことができないが、きっとどこかで元気にしているだろう。
「よし、いこうぜ」
「うん」
食器を返して、食堂を出た。
石畳を歩いて道なりに進んでいく。
同じ服装の子供達が皆同じ方向へ向かっていた。
足元を腰までも背がない子供が走っていく。
皆がそれぞれ一人。だれも並んで歩いたりはしない。
この世界に繋がりというものは存在しないのかもしれない。
校舎に入り、いつもの通りに教室に向かう。
「男と女で教室が違うのか?」
いつもの教室の前に張り紙があった。
いつもなら同じ場で同じ授業だったが。
「大門はいつも通りここなのね。わたしは違う場所みたいだし、行ってくる。いつ終わるかわからないしまた明日ね」
「おう。じゃあな」
歴史の授業をわざわざ分ける必要があるのだろうか。
そんなことを考えながら教室に入る。
これからどんな話が聞けるだろう。
少しだけ、おれは楽しみにしていた。
知らないことを知ることは面白い。
そんな軽い気持ちだ。
『これから言う事を忘れるのよ、――。私は息子を見捨てたの。でもきっと、あの子なら生きているって信じている。そして、あなたはきっと――雑音――。だから――の世界への希望を忘れなさい。来るべき時が来たら、この事を思い出して。それまでは忘れて、ね』
――教室の中心には、見たこのない奇怪な生物が浮かんでいた。




