視ている――。 エピローグ
空を見上げている。
空さえ揺れるような機械音の中に、ひとつだけ綺麗な声が混じっていた。
泣いている――エイジは空を見上げている。
大事なものがいま、失われていくのだ。
エイジは曖昧な記憶の奥にあるだれかの笑顔を思い出していた。
自分が誰なのかを考えることはやめた。
死んでしまおうと考えていた。
しかし、それを許さないようにだれかが記憶を引きずりだして止めている。
誰の記憶なのかもわからないものに浮かんで、足を止める。
『あなたはいったい誰なんですか、エイジさん』
ヒビキの言葉を思い出す。
自分が誰なのかを考えるのはやめなければ。
『我は待っているぞ』
誰の記憶だろうか。
『大門が言うには、毒を受けた後、すぐに他の人間の記憶が込められたものを口にすると記憶を受け継ぐようだが――』
エイジは息を飲む。
『幼い貴方のままでは、下手をすれば兵に殺されてしまうかもしれぬ。これは戦いになれた男よ。知識もあるようだ。さあ、食べなさい』
空を見上げている。
あのとき見上げていたのはなにだったのだろうか――エイジは思い出していた。
銀色の肌――おぞましい眼。
首に巻かれたマフラー。
自分の記憶はどれだ。
瑛士ではない記憶はどこにある――彼は空を見上げている。
「か――」
何かが体の中で疼いている。
何かが自分の中にいる。
「か――」
「どうし――エイジ! しっかりして!」
異変に気付いたナナカが、膝をついて倒れこむエイジを抱え込んだ。
なにかを守らなければならない――体の中にいる何かが警告していた。
なにを守ればいいのか、ナナカを見た。
「違う」
空を見上げる。
目に止まったのは、巣だった。
自分を捨てて飛び立った彼女ではない。
「俺はだれなんだ」
どうして巣を守らなければならないと思っているのか――エイジにはわからない。
「俺は――」
今彼に必要なものは記憶ではない。
彼が縛られているものは記憶ではないからだ。
だれかが彼の名前を呼ばない限り、その呪縛から逃れることはできないだろう。
「エイジ!」
ナナカは彼の体を揺すって、必死に声をかける。
彼の首に巻き付けてあるマフラーには、もう瑛士という名前は、残っていない――。




