16 すれ違い
ナナカには、エイジが何をしようとしているのかがすぐに理解できた。
ヒビキからEの話は聞いていたこともあって、その答えにはすぐにたどり着ける。
そして、エイジがやろうとしていることがきっとうまくいくことも理解できた。
ただ、それをしてしまえば、二度と元には戻れない。
人間という線からはみ出してしまう。
「……」
彼女は何も言わないままエイジを見ていた。
エイジは屍を引きずったまま、彼女たちの横を通り過ぎようとしている。
「待って」
「どけ、ナナカ」
毒瓶の蓋は開いていた。
気を抜けば飲んでしまうかもしれない。
それだけは避けなければならなかった。
彼女は肩に手をかける。せっかく隠していた左腕を、またも晒そうとしているようだった。
「私にその毒薬を渡しなさい」
腕を晒した彼女は言う。
エイジはその左腕に目を奪われる。
人間ではない化け物の左腕。
ナナカはそして、彼女が次に言おうとしている言葉に気がつき止めようとして――
「いいの」
逆に制止されて大人しく口を閉じた。
彼女が口を出していい話ではなさそうだった。
「私があの巣を落としてあげる。この体よ。もう先も長くない」
エイジは彼女のことをようやく理解したようだった。
「お前、Dか」
「ええ、Dよ。人間じゃない」
そんなことはないと、ナナカは否定できない。
彼女の横顔を見上げると、その表情は柔らかなものだった。
ずっと待っていただれかに会えたような、そんな幸せそうな表情だ。
彼女自身、そんな表情をしているとは気づいていないだろう。
エイジも、ただ彼女の左腕を睨みつけるように見たまま動かない。
なにかが、その二人の再会を邪魔しているようだった。
毒瓶を奪うように受け取った彼女は、懐にしまい込む。
何を言おうか、何かを言っていいのか迷ったまま、彼女はエイジをじっと見つめる。
「これは返すね。お兄ちゃん」
マフラーを首に巻き付けられ、エイジは彼女の顔を惚けた表情で見つめた。
「待ってくれ……」
彼女は背を向けて、屍を拾い上げ逃げるように走り出した。
エイジは、自分がわからなくなっていた。
彼女に言われた言葉が、ずっと耳に残っていたからか――。
ずっと遠くで、彼女の姿が人間ではなくなっているのが見えた。
進化した姿――名残惜しそうに一瞬だけこちらへ振り向いて、彼女は羽ばたいていった。




