11 記憶の海4
「遅いわよ。あんたたちぃ」
それほど差もないというのに、やけに茜は呆れ顔で言った。
要と目が合い、彼はお手上げだと両手をあげて笑う。
「ここに来て何するんだ? 見た感じ、ただの洋館だろ?」
瑛士は自転車を停めながら要に問う。
要はなぜか黙ったまま、中に入っていく。
それに続けて茜と奈々嘉も中に入っていった。
「なんだよ、僕だけ……」
瑛士は鞄を抱えて洋館に入ろうとして――――
「っ!?」
彼の脳裏に一瞬なにかが過ぎった。
それはいったい何の風景なのかがわからない。
ただ、それはとても現実だとは思えないものだった。
なにか大きなものが――奇怪な――機械ななにかが目に焼きついて離れない。
「夢だろ……現実じゃない……」
頭を振って無理やり忘れようとする。
しかしそれでも、瑛士の頭からその何かが剥がれ落ちることはなかった。
瑛士は朦朧とする意識の中、洋館の扉に手を伸ばした。
ドアノブに手をかけて、ゆっくりと開いていく――
「いやぁあああああああああああああああああああああああああ!」
悲鳴が聞こえた。
そこはよく見ると要たちの家の居間。
そこには二つの人影がある。
「かっかかっかかかかかかっかかかかかかかかか」
「要……やめて……こないで……こないで……」
ふらりふらりとした足取りで立っているのは要だった。
テーブルにかぶりつき、ミシミシと音を立てて咀嚼している。
その姿に気圧されて、茜は動けないでいた。
「やめて……やめて……こないで……」
完全に腰を抜かしてしまった茜は、壁に背をぶつけ逃げ場を失った。
要は茜に目を向け、
「かかかかかかかかかかかかかかかかかかかか」
声を上げて、まるで喜んでいるかのようにも見えた。
一歩、一歩――要は茜へと歩みを進め、
「いや…………いやぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
心拍が跳ね上がった。
その時になって、瑛士はふらつく足取りで腰からナイフを取り出し、
「うああああああああああああ!」
背後から要に向かって飛びかかった。
「かかかかかっかかかかかかかか」
要の背中に突き刺さり、瑛士はすぐに抜いて何度も彼の体を貫いた。
それでも要の抵抗は止まらず、瑛士は跳ね除けられてしまう。
「かかかかかかかかかかかかかかか」
「っ」
ナイフを精一杯に振った。
首に向けて一直線に。
ガギリと嫌な音を上げて、ナイフは根元から綺麗に折れてしまう。
瑛士は息を飲み、要の首元に視線を移した。
「ガラス――っ!」
首元にある透明ななにかが、ナイフを拒んだのだった。
瑛士は武器を失い、要から体をぶつけられ床を転がった。
「うぅ」
「かかかかかかかかかかかかかかか」
ゆっくりと体を起こした。
頭痛がひどい。
瑛士の頭の中になにかの羽音が響き続けていた。
奇怪で機械な羽音――その音からは逃げられない。
それは目の前の要から逃げられないことと同じことだった。
「――」
要に向かって走り、瑛士も体を使って一気に体当たりを決めた。
二人揃って床に転がる。
瑛士はすぐに起き上がって、うまく起き上がられないでいる要に飛びかかった。
「う――うっ――」
「かっかかっ」
首に手を回し、瑛士は床に要を押し付ける。
手のひらにはひんやりとした肌の感覚と、力強い脈が伝わってくる。
瑛士は目を逸らすことなく、必死で手に力を込め続けた。
「かっ――………… 」
カタリ。
何かが落ちる音がした。
瑛士は乱れた呼吸を落ち着けるために息を吸い、思いっきり吐き出す。
動悸が収まらず、息を吐くとなにかが引っかかって咳き込んでしまった。
「あ……あ……」
そして、瑛士は彼女に目を向けた。
血が吹き出している。
血が吹き出している――。
頭から、血が、噴水のように。
「あ……あ……」
カタカタと歯を鳴らして、目はどこかを向いて行き場を探している。
手足は痙攣したまま、口からはだらしなく唾液と濁った液体が垂れ流れている。
「そう、か」
瑛士は腰から銃を抜き、標準を頭部に定めると――
「あ……ぁ 」
瑛士は背を向け、閉められた扉に手を伸ばした。
まばゆい光に包みこまれ、瑛士は目を閉じる。




