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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
1章 ペンダントは宙に
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4 現実

「街から出よう」


 瑛士の言葉に、奈々嘉は迷いなく頷いた。

 街中に徘徊しているガラスを纏う人間は、至るところに発生していた。

 彼にそれをうまく対処できる自信はない。

 逃げるしか方法はないのだろうし、彼女と二人でとなれば、それはもう不可能だ。

 だからひたすらに、出会わないことを祈るほかないのだ。


「かかかかかかかかかか」


 身を隠し、のそりのそりと歩くそれの背後に回る。

 見つかりさえしなければ、このガラス人間を倒すことは容易だった。


「ふっ――」


 瑛士は寸前で飛びかかり、首元にナイフを突き刺す。

 念の為に数回刺して動かないことを確認してから


「……気を緩めずに行こう」

「うん……」


 奈々嘉は木の影から顔を出し、彼のすぐ後ろについた。

 本当に少しずつだけれど、確実に街の外に向かっていた。

 街の外が本当に安全なのかはわからないが、外に行くに連れて、ガラス人間との接触は減ってきている。

 気のせいとも思えるかもしれないが、瑛士はそう信じることしかできなかった。


「あたしも……」

「だめだ。お前は後ろで隠れていればいい」


 雪の勢いは増し、視界はよくない。

 それでも前へ進むのは、全て彼女のためだ。

 外にいる今は決して安全とは言い難いけれど、きっとこの街を出れば安全だ――本当に、ただそう信じるしか気を落ち着かせる方法はなかった。


 ふらつく足は、やつらだけではない。

 瑛士も同じだった。いままでに想像もしたことのなかった地獄に耐えていくことにも限界を感じていた。

 ガラス人間のガラスは、夜になると発光する。

 それがいったいなにの原理によってなのかはやはりわからないけれど、雪が降る中とはいえ恰好な的だった。

 自分から居場所を教えてくれるなんていう親切心は、容赦なしに利用させてもらった。


 そうやっているうちに、瑛士は人間を殺すという行為にためらいがなくなってきた。

 感覚が麻痺しているのか――というか、まだあのガラス人間を人間と呼んでいいのか判断に困るのだけれど、まともではないだろう。

 バットはついに使い物にならなくなり、空き家からナイフや斧を借りて――あくまでも借りて、戦闘を続ける。

 借り物だから、とどこかで思いながら、手を抜いてはやられてしまうこともあり、乱暴に扱ってしまう。

 彼女にもらった手袋は汚れないようにポケットに突っ込んだまま、もう付けることはないだろう。

 かじかんだ指先は血に触れるとじんわりとくる暖かさに震え、その暖かさは全身に広がる。

 血は雪を赤く染め、彼の視界を鮮やかに彩る。


 僕はどうかしたのだろうか――。

 自分がおかしいのではなく、おかしいのはあのガラスだ。

 瑛士はそう言い聞かせて、足を進める。


「瑛士くん。寄って欲しいところがあるの……」

「……」


 だめだ。

 瑛士は手袋とは別にポケットに入れたままの布切れのことを思い浮かべる。


「茜ちゃんのところ」

「……だめだ」

「お願い」

「…………だめなんだよ」


 奈々嘉の言う茜ちゃんとは――道城要と共に共同生活をしていた灯部茜という女の子のことだ。

 瑛士にとっての奈々嘉のように、道城要にとっての灯部茜は守るべき存在だった。

 灯部茜のトレードマークは、頭につけた赤のリボンだった。

 それは道城要が彼女の誕生日のときにプレゼントしたもので、灯部茜はそれを気に入り、ずっと身につけていたのだ。

 そして、瑛士のポケットに入っている布切れは、間違いなく灯部茜のリボンの切れ端だった。


「どうして?」

「…………」


 何も言えない自分が悔しくて、彼女にうまく言うことができない自分がひどく惨めに思えて、瑛士は手を強く握り締める。

 歩いているその先には、確かに彼らの住んでいた家がある。

 そこを通らなければならなかったのは、そこしか街を出る道がなかったからだ。

 通らなくていいのであれば避けていたのに。


「大丈夫。あたしは大丈夫だから。だから、ねえ――話して」


 奈々嘉は瑛士の手を強く握って、目に語りかけてくる。

 よく見ると目は潤んでいて、何となく彼女も分かっているんだと悟った。

 それでも彼女が彼に聞くのは、信じたくないからなのだろう。「大丈夫だ」と、言ってほしいのだろう。

 瑛士は彼女の手を引いて、彼らの家の前に立った。


 見慣れた室内――鼻をつく血のにおいが、外とは違った雰囲気を漂わせる。

 屋内は嵐が通ったようにひどく荒れ、元の姿はもうどこにもなかった。

 強引に開けられたのか、接続部分の壊れたドアを見て


「そこだ」


 瑛士はそう言った。

 手を握る彼女の力が強まった気がする。

 震えている手は彼女のものか自分のものなのかもわからず、いつのまにか聞こえていた耳障りな異音が自分の歯ぎしりだと気づき顔をしかめる。

 汗ばむ皮膚、ブレる視線に、妙な苛立ちさえ覚えた。

 一歩ずつ確かに、歩みを進める。そして――


「い、い……いやぁああああああああああああああああああああああああああああ!」


 奈々嘉は声を上げ、ぺたりと座り込んでしまう。

 覗き込んだ部屋には、血が――その中心に彼女はいた。


「ああ――」


 頭部に穴があいている。

 それが誰かに噛み付かれたものだということを思い――予想できていたことではあるけれど――それをよりにもよって道城要がやったのだと思うと――


「ああ……」


 泣かずにはいられなかった。

 彼女の表情はひきつり、なにかに怯えた表情のまま固まっている。

 目はどこかを向いて、現実から目を逸らすように遠くを眺めているように見えた。

 部屋には隅々まで赤黒いなにかに汚され、それは見方によっては芸術的にすら見えたのかもしれない。

 しかし、彼女を中心に広がっている模様――――瑛士にはやはり怪奇的なものとしてしか目に映らなかった。

 奈々嘉は声を上げて赤ん坊のように泣き、彼はぼやけた視界を進んで彼女の頬をなでた。


「ああ、どうか」


 要のことは恨まないでくれ――。


 目を閉じさせてやると、表情が緩んだ気がした。

 それは気のせいかもしれないけれど、瑛士はそう理解した。

 泣き続ける奈々嘉の肩を抱き、背中をなで


「埋めてあげたいんだ」

「…………うん」


 奈々嘉が小さく頷いたのを見て、彼は立ち上がる。

 家の外の倉庫からスコップを持ってきて、道城要と灯部茜の二人がずっと大事にしてきた桜の木の下に穴を掘る。

 雪をどかして、ひたすらに掘り続ける。

 人二人分が入るくらいの大きさを掘り終えると、家の中に戻って灯部茜を運んだ。

 奈々嘉は穴を掘っている間に灯部茜の傷口に包帯を巻き、汚れた顔を綺麗に拭き取ってくれていたようだ。

 穴にゆっくりと寝かせ、ポケットから取り出した布切れを握らせた。

 隣に空いた一人分のスペースは、言うまでもなく道城要のものだ。

 彼の体は持ってくることはできない。でも


「いつか絶対、一緒にしてやるから。それまで――」


 土を戻す。

 体から順番に、土をかけていく。


「茜ちゃん……」


 どこからか持ってきた造花を、奈々嘉は目をつぶる彼女の顔のすぐ側に置く。

 赤い花だ。


「茜に似合う花だ」


 瑛士がそう言うと、奈々嘉は彼の服を掴んで、うつむいた。

 埋めていく。

 手を合わせてから、顔に土をかけ、全身が土に隠れてしまう。

 埋め終わると、奈々嘉は耐え切れずに、また声を上げて泣き、瑛士は黙って彼女の隣に立った。

 何が起きているのかもわからず死んでいった灯部茜――そして、何かにまきこまれた道城要――。

 わからないことだらけだけれど、瑛士はただ


「生きよう」


 そう思った。

 奈々嘉の涙は、これで最後にする。

 彼は泣きじゃくる彼女の横で、そう誓ったのだった。


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