終 残酷は人を殺さない
瑛士には、それがいったいなになのかわからない。
蜂には見覚えがある。
一度戦闘していた。
あのときは、二人掛かりで、自分の指を犠牲にして――なんとか倒すことができた。
あのときそれができたのは、銃器や武器があったからだ。
今持っているのは、ナイフにもならない、そのときに採取した蜂の腕のみである。
蜂の腕であれば、ガラス人間の結晶を削ることができた。
「……いったい何なんだ」
そして今、蜂とは別に、見たことのない何かが存在している。
蜂はその存在より前に出ようとはしない。
その存在の指示を待っているようにも見える。
肉を裂くような音がして、その白銀の肌を晒すなにかは、針を収納した。
そうなってしまえば、いま脅威に見えるのは蜂だけである。
「隙を作る。そして逃げるんだ。勝ち目はない」
蜂の腕を握る。
同じ材質ならば、傷をつけることはできても、それ以上のことはできないだろう。
体を両断するような、それだけの力は――例え弱点のように見える節目を狙ったとしても、人間には不可能だ。
「足りない」
得体の知れない何かは、そうして、言葉を発する。
口は動いていない。
本当にそれが声を出したかは、瑛士には判断できなかった。
「なんなんだお前たちは」
「足りない」
そして、瑛士の言葉を無視するように、それは手を叩いた。
それを待っていたというように、後ろで待機していた蜂が飛び出してくる。
針の先から吹き出る液体の匂いに眉をひそめた。
「くっ」
転がって針を回避する。
が、それだけではなかった。
その蜂は、腕を伸ばしている。
尖った鋭利な腕は、簡単に瑛士の服を引き裂き、肉を抉った。
思い出していた。
そもそも一度勝利したあのとき、あの蜂が狙っていたのは自分ではなかったのだ。
瑛士は背後から襲い掛かっただけなのである。
「くそ……」
その蜂は一瞬も、瑛士から目を離さない。
次こそは針だった。
不幸にも、抉られたのは足だった。
もう走ることはできないだろう。
「KAKAKAKAKAKAKAKAKA」
勝ったのは蜂だ。
瑛士は負けたのだ。
「茜、約束は守ったよ。奈々嘉、ごめんな」
握ったままの、蜂の腕。
「今いくよ。僕はもう彼らに託した。繋げたんだ――――」
そしてその腕を、自分の胸に突き刺した。
「にいから離れろぉおおおおおおおおお!」
気が遠くなっていく。
体から大事な何かが流れ落ちていく。
薄れていく意識。
水色のナイフを握った康介が、がむしゃらに走ってくるのが見えた。
逃げたんじゃなかったのか。
声にも出なかった。
得体の知れない何かが、康介の腕を掴む。
「離せ! 離せっ!」
もう手も動かなかった。
瑛士はそして、抱きしめられていく康介の姿を見つめる。
少年の悲痛の叫びは、もう瑛士の耳には届いていなかった。




