5 恐怖の塊
どこに家があるか、なんていうことは、康介が知っているはずもない。
保育園も学校もなにもなかったから、彼の世界はずっと自分の家だけだったのだ。
これほど家から離れたのは初めてだった。
「家を見つけて、薬を見つけて。帰ろう。大丈夫だ。にいが言ってたんだから。ガラス人間は光るから、見つけたら離れろって。だから大丈夫」
瑛士に教わったことを、康介は何度も復唱する。
水色のナイフは、どこにでも刺すことができるが、狙うのは足でいい。
あとは逃げろ。
それが瑛士の指示だった。
身長の低い康介には、胸や首を狙うことはできないのだ。
「え?」
そして、浮かんでいるなにかを見つける。
妙な音を立てて、飛んでいる。
「KAKAKA――――」
見たことのないものだった。
瑛士からは聞いていないものである。
そして、その隣を歩いている人影に目が移る。
それは、蜂のような――奇怪なそれを従えるように、歩いている。
「なんで……?」
足がすくんで動けなくなっていた。
危ないものだと、康介は察することができた。
逃げなくてはいけないことを、理解した。
しかし、やはり動けない。
「う……」
そしてついに、康介は腰を落とした。
そこで、人影がぴたりと足を止める。
康介に気がついたようだ。
人影は蜂を連れて、歩みを進める。
足音はしない。
聞こえるのは羽音だけだった。
「……」
近づいてくるその姿に、康介は言葉を失った。
形は人に近い。
顔にある飛び出した複眼は、揃いに揃って康介を睨みつけている。
観察しているようだった。
月の光を反射する白銀の肌。
その得体の知れないなにかは、康介に手を伸ばす。
肉を切り裂く音のあとに、腹部から針のようなものが突き出た。
針の先から滴る青の液体からは、頭がおかしくなりそうなほどの刺激臭が発せられている。
伸ばされた腕は康介の背中まで伸ばされ、そして抱き寄せられていく。
それは、母が子にするような、優しい抱擁だった。
康介は動かないまま、針を目の前にして、その時を待つことしかできない。
もう頭は動いていなかった。
「康介!」
なにかに突き飛ばされて、康介は思考を取り戻した。
そして、なにかを背負っている瑛士を視界に捉える。
自分がなにをしていたのかを思い出そうとして、目に焼きついた針の光景を思い出し首を振った。
「美海を連れて行け! はやく!」
康介は瑛士の背負っていた美海を預かって、走り出した。




