10 そして運命は交差する
慎重に奥へと進んでいくエイジだったが、先にあったのは行き止まりだった。
とはいえ、そこには扉がある。中は電気がついているようで、うっすらと光が漏れているのが見えた。
「だれかがいる」
「人間、だよな……?」
エイジはゆっくりと足を進める。
と、そこで――
「帰ったのか……?」
部屋の中から声が聞こえた。
声からは、男なのか女なのか判断できない。
声をかけられてしまった以上、そのまま去ることはできなかった。
エイジは覚悟を決めて、ゆっくりと扉を開いた。
「……ああ、驚いた。やはり人間か」
積み上げられた本に囲まれるようにベッドがひとつだけあり、そこに、その人間はいた。
両性的な顔立ちの――よく見るとその体つきは男のように見えるが、衰退しているのか、体は細く青白い。
「どうぞ。入ってください」
言葉に促され、ワタリが部屋へ入る。
「……」
エイジは後ろ手で扉を閉めると、言われるがままに彼のすぐ近くの椅子に座った。
「まさか、ここに来ることができる人間がいるとは思っていませんでした。もうこのあたりには、人間は住んでいませんでしたが……あなたたちはどうしてここに?」
「俺はワタリという。実は――」
「待て、ワタリ。その前に俺は聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう?」
エイジは研究資料を取り出した。
軍基地にいたということ、そして、軍の資料に囲まれている彼を見て、もしかしたらという思いが、わき上がってきたからだった。
「この本に見覚えはないか?」
エイジの放った言葉は彼を一瞬硬直させた。
それは、答えとして十分すぎるものだった。
エイジの体の奥底から、怒りや憎しみや――何なのかも分からない思いが溢れ出す。
「お前かぁああああああああああああああああああああああああああああ!」
これまで、彼が一人で生きてこられたのは、この時がいつかくると予知していたからかもしれない。
脳裏に、あの――かつては当たり前だった光景が走馬灯のように流れた。
エイジは容赦なく彼に飛びかかり、か細い首に手をかけた。
「お、おい! エイジ、何してる!」
「ああ、そうか。あなたなんですね」
今にも消えそうな小さな声で彼は言う。
「殺してください。あなたにはその権利がある」
エイジはそれでも、それ以上に力を入れることはなかった。
息を荒げて、涙を流すのみである。
「ああ、殺してやる。殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!」
「ならどうして、力を入れないんですか」
「俺は、お前を心の底から憎んでいる! お前の所為であいつが死んだからだ!」
「なら、殺せばいい! 私にはその罰を受ける義務がある! あの人は、私の所為で死んだのだ! 私の所為なのだから!」
「ああ、死んでしまえ! 俺に殺されて!」
「手を離せ! エイジ! 落ち着け! まずは話をしろよ!」
エイジの腕が震えた。
しかし、しばらくして手を離した。
怒りは収まらないのか、握る掌に爪が食い込み、血がにじんでいる。
「すまない、ワタリ。大丈夫だ。だが、今からの話は俺とこいつの話だ。悪いが口は出さないでくれ」
「わかった。だが、手は出すなよ」
エイジは返事もせずに、ただ憎しみばかりを目に込めて、その男を睨みつける。
「なぜ……殺さないのですか」
「あいつが、それを許さないからだ。この本には、お前が書いた内容だけじゃない。最後に一言だけ、血の字で書かれたものがある――『彼に救われる』と。俺への別れの言葉もなく、あったのはこの一言だけだ」
エイジは大きく息を吐いた。
「俺はこのノートに救われた。それは、今生きていることが証拠だろう。ならば、俺がここでお前を殺してしまうことは、間違いなんだろう。あいつなら――感謝しろというはずだ」
「……しかし」
「しかしだ、俺はあいつほどできた人間じゃない。礼は絶対に言わない」
「私の気持ちはどうなる? 私だって何の罰も受けないわけにはいかない。そのために生きてきたのだから!」
「じゃあその罪意識を持って生き続けろ! そして何もできなかったことを悔いながら死ねばいい。限界まで生きて、罪を積み重ねて死ね」
エイジは冷酷に言い放つ。
彼の目は、怒りの色で染まっていた。