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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
2章 失われた名前
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9 羽化

 

「だれかがいる……」


 エイジはそう確信した。

 ならば、墓の造花を置いた人間もここにいるのかもしれない。

 それにしてもなぜ、わざわざ羽音を鳴らしていたのかが分からなかった。

 羽音に反応するのは人間だけだというのに――。


「ワタリ」

「な、なんだ?」

「この先は、俺一人で行く。お前はここにいるんだ」

「は? なんで――おい、聞いてんのか!?」


 エイジは返事も聞かずに扉を開け放ち、中へ飛びこんだ。

 ひんやりとした空気が漂っている。

 どうやら間違いなく、基地のようであった。

 軍のマークがでかでかと書かれている。


「それはそうか。こんなところにあるなら、だれにも見つからないよな……」


 地下にあるとは、さすがに予測していなかった。

 ただ、そんなことより今気にしなくてはいけないことが他にある。

 羽音をスピーカーで鳴らし続けていたということ――。


 やはりあの音は、人間を意識してのものなのかもしれない。

 エイジはそう考えていた。あの羽音を聞けば、人間は逃げ出す。

 実際、エイジとワタリも逃げ出したのだから。

 それほどにこの場所を隠したかったのだろうかと、エイジは考える。

 それとも他のなにかがあるのか。


「おい」

「!」


 急な声に、即座に腰のナイフを抜くと、エイジはすぐさま切りかかった。


「おい待て! 俺だ! 俺だよ!」

「ワタリお前か。待っていろと言ったはずだが」

「嫌だ。怖いじゃないか」


 ずいぶん弱気な男であった。 


 基地の中はやけに静かだった。

 聞こえるのは自分の呼吸の音、服のこすれる音のみである。

 だれかがいるようにはどうも思えなかった。

 身を屈めてすり足で奥に進んだ。

 念のためにと取り出したナイフを握りなおした――。

 油断できない時間が続く。

 息を吸うことに意識を向けたのは初めてだった。

 できるだけ音をたてないようにという思いから、細かな呼吸を繰り返している。


「かかか」

「!」


 近くではないようだが、聞きたくもない声を聞いてしまった。

 エイジは一度大きく息を吐いて、もう一度静かに動き始めた。

 声の聞こえた方向に進んでいく。


「かかかか」

「かかかかかか」

「一人じゃない……」


 歩いている通路の幅は二メートルもない。

 その幅でもし複数の結晶人間に出くわしたら、まともに対処することはできないだろう。

 一人なら無力化して奥に進むつもりでいたが――エイジは一瞬足を止め、しかしまた歩き始めた。


「姿だけでも確認しよう。羽音のこともある」


 目を凝らして歩き続ける。

 一歩一歩歩くたびに、音が近づいてくる。


「ここだ」

「エイジ、まさか覗くのか?」


 どうやら通路にいるのではなく、部屋の中にいるようだ。

 最悪の場合ではないことに安堵しながら、それでも自分からその扉をあけなければならないことに恐怖感がわき上がる。

 壁に背を任せて、扉のノブを握った。


「かかかかかかかかかか」

「かかかかかかか」

「かかかかかかかかかかかかかかかかかかか」

「頼む…………」


 キイと音をたてて、扉が開く。

 その先にあったのは、最悪の光景だった。

 ほんの少しの隙間から、ぬるりと手が伸ばされる。

 エイジは咄嗟に身を引いた。


 と、ガシャリと音がして、その手は止まった。

 見ればその手の主は、檻の中に閉じ込められているようだ。


「かかかかかかかかかかかかかか」


 ほんの少し離れた位置から伸ばされた腕は、ただ闇雲に伸ばされているだけのようだ。

 ガチガチと音を立てて鉄の柵に噛み付く様子に圧倒され、エイジはしばらく動けないでいた。

 落ち着いて見てみると、大きめの部屋は鉄格子でできた小部屋で区切られている――まるで牢屋のようだとエイジは思った。

 しかし、わざわざガラス人間を閉じ込める意味はない。

 そしてそれ以前に、暴れるガラス人間を閉じ込めるなんてことができるのかどうかが疑問である。


「どういうことだ……?」


 ガラス人間は四人。

 全員の首には錆びた鉄の首輪、そしてその首輪にはアルファベットが刻まれているようだ。


「うぇ……。なんか記号が書いてあるようだぞ」

「A……B……C…………E?」


 普通ならば、ABCDと順番に並んでいてもいいのだが――。

 小部屋も五つあることを思うと、Dがいてもよさそうではあるが――。

 エイジは少し考え込む。

 が、すぐにそれを止めた。


「考えるのは後だ。今はこいつらを閉じ込めたやつがいるってことだけが分かっていればいい」


 何にしろ、ガラス人間を閉じ込める――なんてことができるのは、やはり人間だけなのである。

 造花を置いてくれただれかも、きっとここに存在するのだろう。

 同一人物ではないことを祈るばかりだ。

 まともな神経をしているとは思えない。

 散々殺しを続けている彼に言えることではないのかもしれないが。


「さっさと行こうぜエイジ。こんなところ、長居したっていいことないぜ」

「あ、ああ。出よう」


 しかし、どこかでエイジを止めようとする何かがあった。

 この場で足を止めることはできないが、それでも立ち止まれという声のようなものが、聞こえるようだった。

 エイジはそれを気にも留めずに部屋から出るとさらに奥へ進んでいく。


「かか……か……かk――――――…………」   


 その後ろには、エイジの想像もできない姿があった。

 首輪の文字にヒビが入り、ミシミシと音をたて真二つに割れる。

 踞るその体の背には亀裂が入り、中から紫がかった透明な羽が飛び出した。


 エイジがその最悪な光景を見ることはなかった。

 何も知らないまま、彼は進んでいく。

 すぐ後ろで、新たな脅威が生まれたというのに――。


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