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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
1章 ペンダントは宙に
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2 激闘

「嘘だろ……」


 それは、そいつは無我夢中で肉にかぶりつく。

 バキバキと何かが折れる音がして、それが骨の折れる音だと気づき血の気が引く。

 飢えた人間の末路――そう思えばなんとなく想像できる情景ではあったのだが、首筋から顔にまで広がるそれを見て、もうそのなにかが人間ではないことを理解した。


「逃げるんだ……落ち着け……」


 自分に言い聞かせる。とはいえ、雪が積もった山道を音も立てず歩くのは不可能に近かった。それにどうやら


「かかかかかかかかかか」


 相手の耳はよかったようで、先まで無我夢中で食らいついていたものから目を離し、瑛士の方へと視線を向けていた。

 それを目といっていいのかわからないけれど、頭部を包むガラスのような透明ななにかの向こうに、血に染まった赤いものが蠢いている。


「は、ははっ」

「かかかかかかかかかかかかかかかかかか」


 それが彼に向かって動きだす――矢を射るが、そのガラスのようなものに当たりはじかれてしまった。

「くっそ」

 背を向けて走りながら、策を練る。

 矢をはじくほどの皮膚――あれを皮膚と言っていいのかは疑問だが、あんなものがあるのはやはり人間ではないということなのだろう。

 弓が使えないとなれば、残されたのは斧とナイフだけだった。

 もしかしたら、あのガラスの部分以外を狙えば矢も通用するのかもしれなかった。

 しかし、近距離では扱いづらいものであることと、移動しながらの射出ではまともに射ることができないことから、もう使うことはできない。

 他に策がないのか、必死に考える。


 どうも逃げ切れるようにも思えない。

 やはり――斧を手にとって振り返る。

 まさか、得体のしれないものを相手にする時が来るとは思ってもみなかったが。

 正面から挑むにはあまりに無謀だった。

 相手がいったいなになのかがわからないうえ、そもそもわざわざ相手取る必要性はない。

 これは例えば熊のように、対処法があるのかもしれない。

 ただ、それを見つける暇も――実行する度胸もないだけで――。


「かかかかかかかかかかかかかかか」


 それは一目散に瑛士の方へと向かってくる。

 それは最短ルートを走っているのか、動き走るたびに、木にぶつかる――しかしそれももろともせず、動き続けている。

 木の合間を縫うように逃げている瑛士の方が不利だった。


 それにぶつかられることで砕けた木は、妙な音を立てて蠢き始める。

 木片は瞬く間にガラスのようななにかを纏い、それはまるで生き物のように動き回り始めた。


「なんだよあれ……」


 木片だったものは人間のようなものの後ろについて走っている。それはやはり、彼に向かって一直線に向かっていた。


「この先に――」


 動物を捕らえるための罠が仕掛けてある。それは単純な落とし穴だが、一直線にしか進んでこないものを見る限り、容易にはめることができるだろう。飛びでもしないかぎりだが。


「こっちだ! 付いてこい!」


 雪に足を取られそうになりながら、それでも走っていく。

 狩られる側の気持ちがわかった気がして――いや、そもそもその人間のような何かは、彼を本当に狙っているのかは定かではないのだけれど――いつも容赦なく刈り取ってきた命に申し訳なさがこみ上げてくる。

 いつのまにか目的地点にたどり着き、逃げる側だった意識から、狩る側の意識へとシフトしていく。

 落とし穴は複数あるわけではない。たったひとつだ。

 瑛士は人間のようななにかとの間に落とし穴があるよう動けばいいだけなのだが、そううまくいくものなのか今になって不安になってくる。

 仮に人間のようなものをはめることができたとしても次に問題となってくることがある――


「ここだ」

 斧を構えて待ち伏せる。

 息が上がって、異常な状況に心臓がはちきれそうになる。

 逃げ出したい心境と、逃げるためには立ち向かわないといけない現状との摩擦が、脳に大きな負担をかけた。


「かかかかかかかかかかかかかか」


 やはり直進してくる――おそらく綺麗に穴にはまってくれるだろう。一年ほど前、三日もかけて掘った穴だ。まだなにもかかったことなんてなかったが、今回くらいはまともに作動してくれるだろう。


「かかかかかか――――」

「よし」


 次だった。問題だったのは。


「kkkkkkkkkkkkkkkkkkk」


 木片――だったもの。

 三十センチメートルほどの大きさだ。

 どうやらその木片すべてがガラスに覆われているようではない。

 ところどころ、と言ったところだろう。それは人間だったもののように、共通していた。

 となると、狙うべきはむき出しになっている木の部分だった。


「うらあ!」


 斧を振るう。

 ナイフでは応戦できない場合、もしくは邪魔な木を伐採する際に用いるためのものだ。

 まさかこんな乱暴な扱いをされるとも思っていなかったのだろうが、鳴き声というより、振動音のような音を立てて走ってくるそいつに向けて、思いっきり振り下ろす。

 よく見るとその木片だったものはガラスの部分に目があった。

 そして裂けた木目の奥に赤い空洞がある――。

 斧はそこに向かって振り下ろされた。

 いや、結果を見る限りではそうさせられたというのが正しいのだろう。

 石でできたその斧は、柄の部分だけを残して消え去った――。


「こいつ……」


 いや、消えたのではない。食われたのだ。


「kkkkkkkkkkkkkkkk」


 パキパキと音をたてて、木屑を飛ばしながら、それは鋭く研いだ石を捕食している。

 その音は獲物を得た快感に酔ったかのように、そして愉悦感に浸ったかのような音にしか聞こえなかった。

 震える右手で握ったのはナイフだった。

 もうこれでどうにもならなければ、瑛士は死ぬだろう。生きている心地のしない今でも、死んではいないのだ。


「kkkkkkkkkkkkkk」

「kkkkkkkkk」


 遅れていくつかの木片が遠くに見えた。

 どうやら個体差があるらしい。

 とはいえ、複数を相手取ることは今の彼には不可能だった。

 遠くにいるものから逃げられるのかもしれないが、斧を食べた木片から逃げることはできないだろう。

 したがって消去法的に、残された道はひとつだった。


「壊すしかないのか」


 脳は限界に近かった。体は震えを抑えきれず、うまく動かすことができない。

 それでもその恐怖に立ち向かわなければ死んでしまうのかと思うと、それがまた新たな負担となる。 

 ガラス部分にナイフは効かない。

 そして裂け目――つまり口にもナイフは効かないだろう。


「的が小さすぎる……」


 ナイフは邪魔な草の処理、狩った獲物の剥ぎ取りにしか使わない。

 振り回したことなんて一度もない。

 斧よりも使用頻度は低かったし、刃渡り十センチほどのナイフでは、ほぼ素手のようなものだろう。


「kkkkkkkkkkkk」


 余韻に浸っていたのか、少しの間動きもしなかった木片はのっそりと動き出し瑛士を視界にとらえた。


「こいよ化け物……」


 声が本当にでていたのかどうかはわからない。ナイフを構えてはいるが、腰は引けている。

 やはり怖かった。

 斧を食う姿を見てしまったからこそ余計に、瑛士は恐怖に飲まれてしまっていた。

 それでも、立ち向かう勇気はなくなっていなかったのだ。


「kkkkkkkkkkkkkkkkkkk」


 飛びかかってくる。

 口を開けて飛び込んできているその姿は、犬のように見えなくもなかった。

 先はそこに素直に石斧を向けたから食われてしまったのだ。

 だから――飛びかかってくるその一撃目は、まず避けなければならない。


「くっ――――」


 身を屈めて、真下に滑り込む。後はその木片の腹に向かって


「刺されっ!」


 突き出したナイフは、思ったよりも簡単に獲物を貫く――瞬間、その隙間から頭を何かで叩かれたような衝撃が走った。


「KKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKKK」

「なっ!?」


 耳を突く音はあまりにも刺激的で、彼の脳にまでダメージを与えていた。

 確実に仕留めたと思ったところからの、その反撃のような音は、瑛士にはもちろんのことながら予想できていたことではない。

 不意な形のない打撃に、彼は一瞬意識を失いそうになった。

 ナイフを突き刺したまま数秒が立ち、音も静まった。


 先ほどの音が木片の断末魔の叫びだと気づいたとき、そしてその悲鳴が仲間を呼び寄せる叫びだと気づいたとき――それはもう遅かったのだ。


「かかかかかかかかかかかかかかかか」

「kkkkkkkkkk」

「kkkkkkkkkkkkkkkk」


 穴に落ちていたはずの人間のようなもの――木片――瑛士を囲むようにして集まっていた。

 もう逃げることはできない。


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