6 一人
このまま軍基地に向かうことについて、エイジは正直なところ躊躇していた。
しかしこのまま動かなければ安全なのかというと、そういうわけではない。
動けば安全ということももちろんないのだが。
エイジが問題視していたのは、そもそもの始まり、生まれ育った街に戻ってくるということだった。
軍基地はエイジの生まれ故郷の最奥にある。
そして、エイジは知っていた。
その軍基地から、あの奇怪な生物が生まれたのだということを。
背負っている布袋に入っている資料を思い出す。
そこにははっきりと書いてあったのだ。
その奇怪な生き物が、人間の手によって作られた実験生物だということが。
この先に答えはある――。
エイジは確信していた。
そして、だからこそこのタイミングで外に出ることを提案したのだった。
集落に毎日のように襲ってくる結晶生物はエイジの生まれ故郷――軍基地のある地域の方角とは正反対の場所からやってきている。
ならばもしかすると、かつては結晶生物で溢れかえっていた街ではあるがもう安全なのかもしれない。
そう考えたからだった。
そんなに甘くはなかったわけだが――。
エイジが生き残った彼らに、「ざまあない」と言った事は彼らへの悪口なんてものではなかった。
それは誰に向かってのものでもなく、自分自身への言葉だった。
なんて甘い考えだったのだろうかと、自分を責めたのだ。
「……」
エイジは彼らが座り込む家の裏手に回り込んだ。
皮肉にも、彼らが座り込んでいる家は、もう何年も前、死んでしまった友の家だったのだ。
「ただいま」
目印にしていた葉の生えていない木――そしてその下には造花が並んでいる。
灯部茜を埋めたあの時からもう随分時間が経っているが、変わっているものは何もなかった。
氷河期に近づいているからといって、雪が延々と降り積もっていくことはなく、気温がひたすらに落ちていくだけだ。
その結果、こうして目印としていた木が残っていてしまったおかげで、友の眠っている場所がわかってしまうなんて――。
忘れていたわけではない。
しかし、エイジは心のどこかで、片隅で、忘れてしまおうとしていたことだった。
だれかが死んだということは、もう関係ない。
もう何年もすればみんないなくなるのだから――。
そう理由をつけて逃げていたのだろう。
「こっちには来るな」
エイジは背後に近づく人影に気づき、そう言った。
それがミドウだということは振り返らずともわかっていた。だれかを気遣うようにゆっくりと、忍び足のように歩くのは彼女だけであることを知っていたからだ。
「でも」
「後ろは見るなと言っただろう。お前は前を向け」
その時になって、ミドウは引っかかっていた言葉の意味がわかった気がした。
「あなたがいる場所はどこ? 私の隣ではないの?」
奇怪な何かと戦っている彼を見て、ミドウはどうしようもない距離を感じていた。
彼女はずっと隣に彼が立っていると思っていた。
「あなたと初めて会った時から、私はあなたと向き合ってきた。そうよね? 私はあなたのパートナーだった。ずっと」
ミドウは自分が自覚していなかった思いに耐え切れず、次々と吐き出すように言葉を紡いだ。
それはただ、彼の――エイジの肯定の一言がほしかったからだったのだろう。
溢れ出す言葉と思いにつられて、湧き出てきたのは涙だった。
願ってはいても、答えは既にわかってしまっていたから――。エイジはだれの隣にも立とうとしていない。
立っているのは、ミドウのずっとずっと後ろだった。
「お前の前にいるのは生き残ったあいつらだ。隣にいるのも同じ。俺じゃない」
なにかが崩れていくような、ずっと信じてきたものがひび割れていく音が聞こえた。
「お前は俺を恨めばいい。あいつらと一緒に、俺を恨めばいいんだ。生きていく理由はそれだけでも十分だろう」
エイジの言葉には刺がなく、子供をあやすような柔らかい声だった。
ミドウは首を振って背を向ける。
そこには心配そうに二人の様子を窺う人達がいた。
ミドウは無理に笑顔をつくる。
そしてすぐにその表情を崩した。
思い返してすぐに、エイジの言っていたことが本当だと分かってしまったからだった。
肩を抱くようにして慰めてくれるワタリ。
心配して顔を覗き込む人たち。
そして、ずっと後ろに、エイジは立っている。
エイジはいつの時も、彼女の近くにはいなかった。
振り向いても背を向けられるだけで――向き合っていることなんて一度もなかったのだ。
なにが足りなかったのだろう。
ミドウは手で顔を隠して、だれにも見えないようにして涙を流した。
3月18日の投稿はお休みします




