8 後悔
いつの間にか気を失っていたのか、慌てて体を起こしてみると、体中が雪のおかげで冷たく固まっていた。
「彼女はっ!?」
気を失う前にあったことを思い出し、辺りを見渡す。
少し離れたところに、倒れたままの彼女の姿があった。
「大丈夫ですか? 目を開けてください!」
ある一部分を除いて、彼女に外傷は見られない。
首元に光る水色の斜線。えぐられるようにしてできたその線を見て、私は先ほど起きたことが現実だと理解する。
そして、
「どうして……っ!」
私を庇うようにして、例のアレからの攻撃を受けた彼女の行動が理解できず、訳も分からず涙を流す。
「大丈夫……ですか?」
そこに首を抑えて少女が現れる。
先ほど私と彼女を助けてくれた女の子だった。
「彼女は刺された……」
私はそう言った。
「あと数時間すれば結晶化が始まります」
涙声だったため、私を見下ろしている女の子にそれが聞き取れたのかどうかわからない。
「あなたは?」
「私は……」
自分の体には蜂に襲われた彼女が、すぐ後ろにいた私にぶつかった時の衝撃が残るのみで、毒にはやられていなかった。
それは喜ぶこともできないことで、どこにぶつけたらいいのかわからない怒りに、拳を強く握り締めた。
「ん……」
「大丈夫ですか!」
ゆっくりと目を開ける彼女。
私は必死になって彼女に声をかけた。
「わ……わたしはどうなるんですか? 軍人さん」
虚ろな目で彼女は言う。
素直に言うかどうか、悩んでしまう。
このまま自我を失いますと言ったところで、彼女のためになるのだろうか?
「わたしのためにならないのなら言わなくていいわ。でも」
子供のためになるなら――。
彼女の撫でるお腹に、私は視線を移す。
そして決心がついた。
「子供を取り出してもらってもいい?」
全てを知った彼女が言ったのは、思いもよらぬことだった。
これには、ずっと隣にいた少女も驚きを隠せないようであった。
「お腹を切って――」
「だめです! そんなことをすれば、あなたは」
私は軍人であり――生物研究者だった。
そのためには人間医学の知識も必要であったため、人並み以上に知識はあったのである。
しかし、帝王切開の技術は持っているはずがなかった。
そこまで専門的な技術は必要とされるはずがなかったのだ。
麻酔もせず身を切るということが、もはや自殺行為でさえあるということを彼女自身わかっているようにも見えた。
切り口から流れる血液には水色の液体が混じり、少しずつ結晶化を始めようとさえしている。
「命というのは繋がっていくものです」
隣にいた少女がそう口にした。
それは正しいのかもしれなかった。
でも、私には――彼女に恋をしてしまった私には、あまりにも重すぎる罰だったのだった。
もとは私のせいだった。
例のアレに刺されたのも、私のせいだった。
そして、死ぬことさえも私のせいだというのであれば――
「私はもう生きていくことが……」
できない。
そう、できない。
人を殺さないつもりだった私が、こう間接的に人を殺してしまった。
その罪にやはり、私は耐え切れない。
目を閉じて、後悔――
「あなたが死ぬことは許さない」
彼女の言葉に、目を見開く。
というのも、その言葉に憎悪が込められていたとかそういうことではなく、なぜか温かみのある柔らかな声でそう言われたからだった。
「あなたは私を守ってくれるって言ったでしょう? 私は自分の子供を守りたかった。でももう守れない。あとは、わかるわね?」
「でも――」
「そちらのあなた」
私の声を無視して、彼女は少女に声をかける。
「名前を教えてくださいませんか?」
「あたしですか?」
「ええ。あなたの勇気ある行動のおかげで、わたしの子供は助かろうとしています。ありがとうございます。この子のためにも、あなたの名前が知っておきたいのです」
「そうですか――」
少女は少し考えた後
「奈々嘉です」
そう答えた。