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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
断章 産声のナイフ
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5 繋ぐ少女

「ありがとうございます」


 彼女を自分の後ろに隠して、私は銃を構え直した。

 考えろ――例のアレには勝てずとも、化け物に勝つための策があるかもしれない。

 時間はなかった。

 一歩一歩と進んでくる化け物の姿に飲み込まれそうになりながら、それでも必死に思考を続ける。

 研究資料に書いてあったこと――私が持っている情報はそれだけだ。

 それにしか私は頼ることができない。

 人間の進化した姿――結晶とはそもそも、氷河期を乗り越えるために生まれたものだ。

 考えろ――。

 氷河期に問題となるのは資源。

 考えろ――――。

 氷河期で恐るべきはいったい何なのだろう。

 考えろ――――――。


「熱……?」


 もしかして――私は思考する。

 寒さに耐えるためにと考え出された結晶は、冷たさには十分な耐性があるのは言うまでもない。

 ならその逆はどうなのだろう? 

 熱――。


「でも――だめだ!」


 私は熱を発するものを――化け物に通用しそうなほどの熱量をもつものを持っていないのだった。

 発煙筒はあるけれど、それでは――――


「……すいません。策を思いつきました」

「なんで謝るの?」

「失敗する可能性が高いからです」

「そう」


 彼女は大きく息を吐いたあと、


「あなたは必死に考えた。やれることをしたわ。わたしは何も言いません。信じます」


 彼女は自分自身のお腹を撫でた。

 私は発煙筒に火を付ける。

 そして彼女の手を取る。

 走りはしない。

 ゆっくりと歩き出す。もくもくと上がる黒煙は、風に揺られてゆらゆらと揺れた。


「かかかかか――」

「――――――――――」


 どこからか風の切る音が聞こえる。

 その音は耳に張り付くようにして残り、つい耳を塞ぎたくなってしまう。

 それでもそれをしないのは、そうしても何も変わらないからだった。

 その音が自分たちの正面から来ていないことを信じて、先に進んでいく。


「――――KAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKA」

「あれは?」


 彼女の手を無言で引いて、身の隠せる場所を探す。

 すぐ近くに雪かきをした跡なのか、雪だまりを見つける。

 心もとないが、とりあえず一人分の身を隠すなら十分と判断し、彼女だけを隠した。


「例のアレの生態系はわかっていません。というより、あれを生物と呼んでいいのかどうかはわかりませんが――」


 結晶化した人間と例のアレが出くわした場合どうなるのかは、もちろんのことながら研究資料に書いてあるはずはなかった。

 もう逃げることさえできないため、もしかしたら、という可能性にかけてみる。

 例のアレは自らの毒で作った化け物をどうするのか――観察する。

 そして、それを研究資料にメモしておけば、もしかしたら誰かの役に立つかもしれない。


「……」


 反応は想像していたものとは違った。


「KAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKA」

「かかかかかっ!」


 結晶化した人間が例のアレを見ると、まるでこれ以上にない恐怖に襲われたように声を上げ、ゆっくりと逃げ出す。

 例のアレはそれを追わなかった。

 無反応。

 興味なし。

 それが例のアレの結晶化が進んだ人間に行う行動だった。


「KAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKA」

「……あぁ」


 例のアレの目が、ついに私を捉えた。

 発煙筒の煙は消え、すでに風に流れてしまっていた。

 獲物は私しかいなかった。

 新しい発煙筒はまだナップサックの中にあるけれど、それを取り出すほどの余裕はもうなかった。


「ごめんなさい」


 隠した彼女に言っていたのか、それとも、意味もなく例のアレに謝ってしまっていたのかどうかもわからない。

 力が抜けて膝をつく。

 少しずつ雪に埋もれていく。


「KAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAkAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKAKA」


 近づいてくる羽音。

 禍々しく光る尾が、まっすぐと私の首元に向かっていた。


「えいっ」


 突然聞こえたその声は、一緒に逃げた女性のものとは違い、幼い声をしていた。

 目の前にいる例のアレ――その醜い目にぐしゃりとなにかがぶつかる。


「諦めないでください! あたしが気を引きますから! そのうちに逃げて!」

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