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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
8章 限界点
146/147

10

 

 それが、彼の最後の言葉だった。

 一瞬、敵襲に驚き散ったエッジの中身は、狼狽えた様子だったが、すぐに事態を理解し落ち着いて主人の元に近寄る。


 違うだろう、とナナカは言ってしまうところだった。

 しかし、彼らにとっての主人は間違いなくそれの方だ。

 すでに針に貫かれ、動かなくなった男ではなく、彼女の方だったのだ。


 汚れたマフラーを首に巻いている。

 糸が解れたまま、風に流されて揺れていた。


 汚れて読むことはできないが、縫い付けられたパッチにはどうやら文字が縫いこんであるようだ。

 しかしすぐに、ナナカは自分を落ち着かせるために頬を叩いた。

 そんなどうでもいいところに意識を向けても意味はない。


 吹雪いていなかったから、視界は悪くなかったはずだ。

 だから、何かが近づいてきたとしても気がつくはずである。


 ナナカは安心しきっていたとはいえ、自分の警戒の甘さを恨んだ。


 よくよく考えてみれば、その答えにはたどり着くことは十分にできたはずである。

 そして、殺されてしまった彼も言っていたことだ。


『君が選ばれたのだとばかり思っていたが――』


 殲滅したものだと思い込んでいた。

 考えが甘すぎたのだ。


 そもそも、巣を破壊しただけだ。

 巣を破壊したと同時に、破壊できたエッジはごく少数にちがいない。

 少なくとも、巣を運んでいた個体と、巣を守るように周辺を飛んでいた個体は、何の傷も負っていないのだから。


 だから、こうして目の前に、数十どころではない――数百の群れがあったとしても、疑問に思うことはおかしいのだ。

 十分にありえることであり、実際にある出来事なのだから。


「結界の中には、エッジの姿はもうなかった。そう、そうだったのね。あたしの活動区域にはいなくなっていたというだけの話だったのね」


 羽音があれば気づくことができたはずである。

 しかし、その形態は、ナナカも知らない姿だった。

 羽を畳み、地を踏んでいる。

 飛ぶことを止めたのだ。

 それでは、風の音で足音が誤魔化されても仕方ない。

 それでも、数百の数、気づかないはずがないのに。

 やはり、警戒していなかったナナカの甘さが、この危機を招いてしまったのか。


「……」


 それは、声をださなかった。

 人の形をしているが、顔の半分が白銀の何かに侵食されている。

 晒された掌が青白いとはいえ、まだ人の色をしているところを見ると、まだ完全に変異したようではないと思えるが、少なくとも目の前で人が殺されたのだ。

 すでに人を止めたとは言っても、戦いから降りた人間が、無残に殺されてしまったのだ。


 ここで、降伏し、仲間に入れてもらおうという考えは、ナナカには浮かんでいなかった。

 そんなことをしてしまえば、生きて行く意味がなくなってしまう。


 ナナカは笑みを浮かべていた。

 もう、何もないと。

 生きて行く意味は何もないのだと、絶望に飲み込まれていく自覚があった。


 今は違う。

 敵が現れた以上、戦う何かが現れた以上、生きない理由はなくなったのだ。


「待って」


 風に煽られて目を細めたナナカは、そのマフラーに刻まれた名前に気がつく。

 どうしてその女が、彼の名前が縫い込まれたマフラーを持っているのだ。


『エイジ』


 カタカナで縫い付けてあるのは、ひらがなよりも簡単だからなのだろうか。


「……」


 彼女は言葉を発しない。

 すでに、声帯を失っている可能性もある。

 ナナカは敵として認識することが間違っているのかと思った。

 しかし、エッジを連れて歩いている彼女が、新たな女王が、敵ではない可能性があるはずない。


 そしてついに、彼女は口を開いたのだった。


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