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世界の果てはある。
それは種の限界点のことだ。
泳ぐことのできない生き物が、海岸で足を止めるように――たとえその先に別の土があったとしても、その生き物にとっての世界の果ては海岸である。
何かに頭をぶつけたナナカは、尻餅をついて空を見上げた。
何が起きたのか理解できなかったのだ。
「そうか。君が選ばれたのだとばかり思っていたが、どうやら君は違うようだ」
「何が……?」
「ハジムアリの結界。純粋な『人』以外を通さない絶対領域」
聞いたことのない言葉だ。
「魔導の時代から残されている、『人』を守り続けてきたものだ。これがなければ、人という種は今も残っていなかっただろうね。さあ、移動しよう」
「ま、待って!」
ゆっくりと振り返る大門は、ナナカに手を差し出した。
ナナカはその手を取らず、一人で起き上がる。
「あたしは、この先には行けないの?」
「そうだとも。人からはみ出たものたちに結界を出る手段はない。英雄としての力を与えられたのなら通ることも可能かもしれないが、君は違うのだ。結界がある限り、この檻の中で生きて行くしかあるまい。そうさな、あとは――」
大門のすぐ近くを飛んでいた蜂のようなものは、ナナカの側を通り抜けて外へ出た。
ナナカを拒絶した結界は、その生物を許すのだという。
「彼らなら通れる。結界の中に住む『人』を襲うために造られた生物である彼らにならば。もちろん、彼らの長である女王もね。私は君が女王に寄生されるとばかり思っていたが、そうはならなかったようだね。驚いたよ」
また結界を通り抜け、大門の元へ戻った生物。
聞いたことはあった。
エッジは人が造ったものではないと――作れるはずのものではない、と。
何の理解もできないナナカだったが、熱心に調べ物をする育て親の側で、分からないけれど、そもそも分かろうともしていなかったけれど、聞いてだけはいた。
母体は人間の造ったものだと――その時の彼の表情を、ナナカははっきりと覚えていた。
人が造ったのではなかったと、彼は頭を抱えて口にした。ならば、人にどうこうすることはできないのではないか、と。
「人と人間の戦いがあった。それが魔導の時代、魔導期だ。そこで使われるはずだったが使われなかった生物、IceADGE。私は遺跡より彼らの存在を知り、能力を知り、彼らから危険性を奪った。人を救うために、新たな時代として、氷河期のひとつとして――もう済んだ話だ。時間は残されていない」
ナナカはただ、彼のことを思い出していた。
空を飛んでいく後ろ姿を思い出していた。住処を移すと言っていたが、それでも彼はこの檻の中からは出られない。
ナナカと同じだ。
人という枠組みから外れてしまったのだから。
頭痛の境界線、と彼は言っていた。
飛んでいて頭をぶつけてしまうのだろう。
見ていればそれは笑える話だ。
何度続けても、頭痛を我慢するために、一瞬で済ませるために、勢いをつければそれはそのまま自分の体に戻ってくる。
いつか死ぬのだろう。
ナナカは遠くまで行って、冒険して、そして死ぬのだ。
それが、彼女の思い描く未来だ。
現実はそうではない。
一生檻の中で、白い世界の中で、そのまま死ぬのだろう。
「……そうか。話さなければよかったね。失礼するよ」
切れた、と大門は察した。
ナナカは立ち尽くしている。
風に煽られ、何も見ていない青みがかかった瞳がわずかに揺れている。
「救いになるようなことを言わないのは、可哀想だと思ってしまうのは年のせいかもしれないな」
それはもうナナカには届かない。
「ヒョウガキはまだ来ていない。外からやってくるぞ」