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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
8章 限界点
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 まるで獣の唸り声のような音が響いていた。

 洞窟。

 雪や風に当たらないように、外敵に見つからないように、彼はそこで暮らしていたのだろう。

 そもそも彼のその体に外敵がいたのかは、ナナカに想像できなかったが。


 どうしてその体になったのか――それは当然の疑問だった。

 ナナカは何も知らない。

 基地の中にいたガラス人間の中に、おじちゃんがいたということなんて、知らなかったのだ。

 奇怪な変化を起こし基地を出て行った実験体Eは、あの場にいた三人しか知らないのだから。


「足は動きそうか」


「うん、もう大丈夫」


 少し時間がかかってしまったが、ナナカはやっと立ち上がった。


「頭痛の境界線の近くだから、ここから30分ほどだ。連れて行ってやるから」


「頭痛の境界線?」


 ナナカは首をかしげた。


「ああ、俺が言っているだけだけどな。その辺りまで飛ぶと、急に頭に衝撃が走るのさ。気づいたら雪の上。その先に行けたことがないんだよなあ、気になるのに。ナナカも近づくのはやめておけよ。あれは耐えられるものじゃあない」


「へえ」


 そんなところがあるという話は聞いたことがなかったけれど、ナナカはその話を覚えておくことにした。


「さ、これに座れ」


「座る?」


 細い布を敷いた雪の上。

 寒いという感覚をはっきりと感じないナナカには問題のない行動だが、服が濡れてしまうのは気持ちのいいものではない。

 とにかく言われた通りに布に腰を落とすと――「わっ」――両端を持って飛び上がるおじちゃんが、ナナカの真上にいた。


「落ちる!」


「ちゃんと掴まってろ。ブランコ乗ったことないのか?」


「なにそれ! ない、ないっ!」


 足が地につかないことが恐ろしかったようだ。

 しばらくがっちりとおじちゃんの腕に掴まっていたが、次第に慣れたようで――そもそも落ちても彼女の体は平気である――流れていく風景を楽しむ余裕が生まれていた。


「……」


 一度、空を飛んだことがあったことを、ナナカは思い出した。

 その時はただ必死で、なにも見えていなかった。たどり着くことに必死で、声をかけることに必死で、涙を拭うことに必死で、空からの光景をはっきりと見るのは今が初めてなのだ。


 白い世界だ、とナナカは呟いた。


 彼女の知っている光景と、なにも変わらない。

 遠くを見ても、近くを見ても、その色は変わらない。

 これからこの雪たちが消えていくことがあったとしても、新しい色を見ることはきっとないのだろうとナナカは思った。


「おじちゃんって、冒険家だったんでしょ?」


「ああ、足を怪我するまではな。いろんな場所に行ったもんさ。こんな時代でも、いや、こんな時代だからこそ、冒険っていうのは飽きさせちゃくれないんだ。考えてもみろ、この時代を知っているやつなんてどこにもいないんだぜ? 俺が行く場所全て、俺の第一歩が人類の第一歩だ。どうだ? 面白そうだろ」


「ふふ、いいかも」


 想像してみた。

 これからのことを――。


 彼女にはあるはずの未来。

 ノゾムと合流できたとしても、危機が去った後、ナナカは彼と共に生きていくつもりはない。

 それは互いに思っていることだろう。

 それぞれが孤独に生きていく。

 きっとそうなるに違いない。


「あたしもなろうかな。冒険家に」


 ただ歩き続けて世界を見て回れば、どこかに違う色があるかもしれない。


「いいぞ、冒険は。冒険の大先輩からアドバイスをやろう」


「なに?」


「大口の蛇だ」


「へび?」


 ナナカは言葉でしか知らない生き物を想像する。


「口を開いたまま蛇は待っている。いたずら好きの鼠は、その口にどこまで入れるか度胸試しを始めた――」


「食べられちゃうの?」


「さてな。中に入ったやつだけが得るものだってあるんだ。形のないもの、例えば自慢話さ。それっていうのは、客観的に見たら馬鹿でしかない冒険家の誇りみたいなもの。そこで死んだって構わないが、そこで死んだら冒険は終いだ。それじゃあなんだか損した気分だろ? 何度でも大口に飛び込んでやるが、冒険の終りは自分で決めるもんだぜ。ま、本当に自分で決められるようなやつが、冒険家になるわけもないがな」


 キキキと笑うおじちゃんを見上げて、ナナカは思い出した。

 足を怪我して運ばれてきたおじちゃんの姿を――。

 名前を教えてもらうこともなく、多くの大人たちが外に食料を探しに行く中、彼だけは基地の中に残っていた。

 それは仕方のないことだ。

 彼が外に出ても足手まといにしかならず、死んでしまうだけだったから。

 でていく大人たちを見送ると彼はいつも「情けない」と、そう言うのだ。

 出て行く人たちは彼の明るさに支えられていたところもあったけれど、本人はそんなこと気づいてもいなかっただろう。


 基地にいる時間が長いから、人見知りであったナナカでも話すことが多くなっていた。

 冒険話を息苦しそうに話し、本当の父親のようにナナカの頭を撫でてくれたのだった。

 ナナカは一度だけ聞いたことがある。彼にも家族がいたのだと。


「まあ、死んだだろうがな」


 俺もすぐに行くだろうと、そう言った次の日には、おじちゃんの姿を見なくなっていた。





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