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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
8章 限界点
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「く……っ!」


 体の動きを、否定される。

 自分自身を否定されている。

 足を止めて、考えることを止めてしまえば、きっと楽になれるのだろう。

 その先に何があるのか彼には分からない。

 それでも、今の苦しみから逃れられるのなら、それでも構わないと思えるほど――。


「走って! 止まらないで!」


 彼の体の異変は、もはや看過できるものではなかった。

 まるで体の動かし方を忘れてしまったようなぎこちない足の運び。

 ついに彼女は覚悟を決める。それは最後の手段だった。残された最後の一つ。

 もうそれを手に入れることはできない。

 もうこの大地に、結晶を身に纏った怪物たちはいないのだから。


 赤いボディの天敵――瞳が大きさを変え、二人の姿を観察していた。

 見たものをすぐに敵だと決めるような生き物ではないようだ。

 なんとか先へ先へと動くノゾムを振り返り、すぐに足元の雪を握った。

 腰から抜いた透き通った水色のナイフを雪玉に突き刺し、まだ攻撃に移行しない蜂に向けて投げつける。


「あたしが時間を稼ぐから! ノゾムは先に行って! 止まっちゃだめだからね!」


 ぱっくりと割れた雪玉の中には闇が――雪とは違う何かが、光を反射してキラリと光った。

 拳大の雪玉は、目標に向けてまっすぐに飛んでいく。

 蜂は飛んでくるものが何なのか観察しているうちに、視界を失った。


「え……?」


 ナナカは思わず動きを止めた。

 それは想定外のことだった。ただの時間稼ぎのつもりだった。


 それは赤い蜂も同じだったのだろうか。

 慌てて尾を回転させ、攻撃に動き始める。

 が、それはすぐにできることではない。

 時間がかかる。


 ナナカが動きを止めたのは一瞬のことだ。

 すぐに次の雪玉を用意していた。

 すでに左の目は喰い破られている。

 残された右目か、回転し始めた銃身か――。

 ナナカが知っている赤い蜂の武装は、目の中に隠された拳銃と尾の先の機関銃。

 まだ他にも何かある可能性は捨てきれない。

 左目を完食した雪玉と目があった。

 彼女の命令を待っているようにも見える。


「……」


 特に命令をしたつもりもなかった。

 ナナカが尾の先に雪玉を投げつけると同時、右目にいた雪玉は左の目に飛びかかっていた。

 視界を完全に奪い去り、相手の主力武器を破壊する。


「できる」


 フラフラと浮かぶ、天敵だったもの――。


「破壊できる!」


 すでに彼女を認識することは、その蜂にはできない。

 もう一つ握った雪玉を投げずに、彼女は握ったまま頭部に殴りかかった。

 悲鳴のような甲高い機械音が鳴り響き、彼女はとどめを刺すためにもう一度腕を振る。

 羽ばたきが目に見えて遅くなり、やがて地に落ちていく。


「ハハハ」


 空耳か、とナナカは空を見上げた。


「ハハ――」


 それが蜂の声だと気付き見下ろすと、赤く輝く光と空気を揺らす爆音に、彼女は飲まれていた。









「何の音かと来てみれば――」


 蒼き体、歪な輪郭。

 ミシミシと音を立てて、光を反射する羽を収める怪物は、雪に転がる少女を拾い上げる。


「どっかで、見たことのある顔だな」


 肩に担ぎ、醜い怪物は地を蹴り飛び上がった。




『この匂い。人間か』


 白き体、しなやかな輪郭。

 その足は雪に沈まず、つめ先から湧き出る緑の炎は、まるで力尽きたように倒れている少年を照らしていた。


『いや、結界の外に人間はもういないはずだったか。迷ってここまで来たとも考えられん』


 鼻を近づけ何かを確認するそれは、しばらくして目を瞑る。


『人間ではないな、これは。――と同じ匂いがする』


 それは獣である。

 大きく口を開け、鋭い牙を晒したと思えば、ピクリとも動かない少年の首元に齧り付くと、どこかに引きずっていく。


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