3 出会い
「はあ……はあ……」
事情を知っていて対処方法も知っているというのに、襲いかかってくる驚異に、まだ慣れることができないでいた。
出くわすたびに対抗しようとはするけれど、私は結局のところ逃げを選択していたのだ。
結晶化をしていた人間――その姿はやはり化け物にしか見えなかった。
本当なら始末してしまいたいところだけれど、私たち軍人に通達されている指令はそうではなかったのだ。
「あの……」
「は――――っ!」
背後からの声に、腰の銃を握って銃口を向ける。
「軍人さんですよね? 良かった。泥棒さんかと思いました」
その気の抜けたような声に、思わず口を開けて制止してしまう――そして、指令を思い出し、慌てて銃を構え直した。
私たちの任務とは、一般人――まだ結晶化をされていない人間の処分だった。
つまりそれは間引き。自我がなくなった化け物ではなく、一般人を殺すのは、軍の上位層――国の上位に立つ人間が生き残りたいがためだった。
一般人が減れば、それだけ化け物と争わなくてよくなる。
化け物を今相手にしないのは、化け物自身に化け物を増やす能力がないからだった。
銃を向けている、その先の女性は私の姿を見てにっこりと微笑んだ。
「なぜ……なぜ笑っているのです? あなたは今銃を向けられているというのに」
「どうしてかしら?」
そうやって彼女はまた笑う。
私はわけがわからなくなってしまっていた。
「きっとあなたがいい人だから、わたしを撃たないって分かっているもの」
「……」
撃てるか撃てないかとなれば、撃てないというのが私だった。
私には、だれかを撃つ覚悟など――だれかの命を断つ覚悟など、あるはずもなかったのだ。
銃をおろしてしまう。
何もできなくなって、ずっと走ってきた疲労感が、今になって痛みとなり現れ始めた。
「休んでいきますか? 軍人さん」
彼女の微笑みに、私は――――。
「お腹は空いていませんか?」
「いえ、問題ありません」
断るところはきっぱりと断る。
弱々しく休ませてくれといった割には、変に格好つけているようでおかしな話だが。
元々人がいないと思って隠れさせてもらった民家。
まさか人がいるとは思ってもいなかったが――
「それにしてもこんなに若いのに……かわいい軍人さんもいるのね」
「か、かわいいっ!?」
言われたこともない言葉に焦る。
おそらく三十ほどであろうその女性には、大人の落ち着きというか、そういったものが感じられる。
「ねえ、何歳?」
「……十五です」
軍人にしては異例の若さ――今となっては誇りたくもないことだけれど。
軍人になれることがわかった時にはずいぶん喜んだものだった。
今は人を脅かす兵器を作った悪人側。
いい立場なわけがない。
「あの」
「なに? どうかしたかしら?」
「それ――」
私が指差した先は、彼女のお腹だった。
それはふっくらと膨らんでいて、大事そうになでている姿は、どこか懐かしさを感じてしまうほどに温かみのある光景だ。
「もう一ヶ月もすれば生まれるの。触ってみる?」
「いいんですか? じゃあ――」
その時、ガラスが割れたような音がした。
「見てきます。あなたはここから動かないでください」
私は銃を構えて、音のした方向に音をたてないようにして近づく。
部屋から顔を覗かせ、様子を窺う。
音は思ったよりも近くから聞こえていた。
目線の先には玄関があった。
玄関のドアにはところどころガラスが張ってあり、その一部分が割れていた。
そこから妙なものが生えている。
腕だ。
「かか――」
「――――っ!」
その声は間違いなく、例のアレにやられて進化を遂げた、化け物の声だった。