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「いいよ、いこう」
冒険が嫌いなわけではない。
それは父に似たのかどうか、ノゾムは知らない場所に行くということが好きだ。
もちろんこの時代、あの体では、そんな自由な旅なんてできなかったのだが、いまならできる。
もちろん天敵のようなアレはいるが、それは弱い体のときだってそうだった。
特製スーツを着て山を歩き、数少ない動物を狩って――中には相手にできない獣だっていたのである。
銃を持っていないから、熊なんて大きなものに出会ってしまえば間違いなく死んでしまっていただろう。
つまり、今も昔も変わらない。
「僕の家に地図がある。親父が書いた地図の複製だけど、兄が書いたやつなんだ。それが本当にこの国の地図になっているのかどうかわからないけど、ないよりはマシだろ、たぶん」
「休憩終わり!」
ナナカはノゾムの腕を引っ張って起こすと、何かを待っているようだ。
ああ、とノゾムは声を漏らす。
「あっちだよ」
適当に指差した方向にナナカは駆け出していく。
慌てて飛び出したおかげで、二人の荷物はほとんどない。
武器があっても、赤い蜂には対抗できないから、それなら身軽な方がいいのは確かだが。
「ん?」
急に足を止めたナナカに追いつくと、彼女は何かを指差した。
吹雪いていないから、視界ははっきりとしているが、白い大地になにかが浮いているように見える。
「珍しいな。シカじゃないか」
「初めて見たかも」
「僕も何度か見たことあるだけで、捕まえたことはないんだ。結構うまいらしい」
「ほんとに? イモよりいける?」
「それはわからない」
茶の肉が雪の上を跳ねていく。
大きな体じゃない。
まだ幼いのだろうか、遠くにいる二人にも気づいていないようだ。
捕獲するには絶好のチャンスである。
ただ、ノゾムはなにも道具を持っていない。
弓でもあれば仕留められたのかもしれないが。
「よし」
ナナカは両手で雪を握って、走り出した。飛び跳ねて遊んでいたシカは、音に気がついて振り向く。
それは敵だと気付いたのだろう、背を向けて駆け出した。
ナナカは一つ、雪玉を投擲した。
雪とは言っても、それはあまりの低温で固まったものだ。
それをさらに硬く固めたものとなれば、人でも当たれば痛いだろう。
当たりどころが悪ければ――。
「――」
キ、と甲高い鳴き声の後、シカは足をもつれさせて雪に転がる。
すぐに起き上がろうとしている――生きようという執念のようなものだ。
ナナカはもう一つの雪玉を走りだそうとする目の前に投げつけ、足が止まったところを狙っていた。
「取れた」
その肉に頭はない。
血の滴る右の手。
にっこりと笑って、自慢げに見せつける肉塊からノゾムは目をそらす。
気にしていなかったことだ。
ただすでに彼は、経験したことである。
そしてまた、同じように経験するのだろうか。