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赤いボディが浮かんでいる。
何かを探しているのか、瞳のようなものがギョロギョロと気味悪く蠢いていた。
二人は岩陰で――風の影響で雪が集まったなんとか二人の体を隠すことができるものだ――息を潜めてその生物を観察していた。
下手に動けば殺されてしまう。
これはナナカの言う話で、ノゾムは知らない話だったが、こんなところに隠れていても、エッジなら簡単に見つけられていただろうと。
エッジのような索敵能力は、あの赤い鉢にはないのかもしれないということが分かった。
とすれば、ただ隠れているだけであの飛び回る危機に立ち向かう必要がない。
「行ったか――」
静かに飛び去っていくそれを見送って、ノゾムは座り込んだ。
いつでも走り出せるように構えていた体をやっと休めることができる。
「ちょっと休む?」
「うーん」
あれが一体なにを探しているかわからないが、数分の間あれは近くにいたのである。
このあたりの捜索は終わったと考えてもいいかもしれない。
「じゃあ」
雪玉を作って積み重ねるナナカを見て、そもそも彼女は提案したのではなく決定していたのかとため息をつく。
ただその彼女の自己中心的な子供のような行動が、ノゾムを落ち着かせてもいる。
二人でまだこれから先も、二人だけで、進んでいかなくては――。
「ぐ……」
いつからか、ノゾムは激しい頭痛に襲われていた。
それは突然にやってくる。
激しい波が彼の頭を巡り、そのまま彼の意識も流されてしまいそうになる。
「大丈夫?」
「ちょっと動けないかも。周り見てもらっていい?」
「まかせて」
ノゾムは目を閉じて自分の名前を呼び続ける。
そうでもしていないと、何もかも流されてしまいそうで、彼は必死だった。
その姿を見ているナナカは、自分たちのしたことの正しさを疑っていた。
彼はいま何かに襲われている。
急激な体の変化――ナナカの経験したことのないもの。
「ねえ、ノゾム。どこいこっか」
「……どこって? どこ?」
「あたしってこの世界のこと全然知らないの。どうしてか知らないけど、あの人はなにも話してくれなくてさ。ノゾムって親と一緒にいたんでしょ? なにか教えてもらったりした?」
ノゾムは空を見上げて、母の狂気の表情をすぐに思い出した。
それでも彼には、最後のあの地獄があったにしてもそれ以上の幸せがあった。
「ここって島国だろ? 外の国はもっと土地が広いって聞いたけど」
「島なの? 外の国?」
「海の先だよ。親父が言ってた。いまなら凍っていて海も渡れるんじゃないかって。そんなのできるわけないだろって思うんだけどさ」
いつのまにか、彼を襲う頭痛は治まっていた。
なぜか突然、ナナカはせっかく積み上げていた雪玉を蹴り飛ばす。
強い風に煽られて、雪の欠片が頬に張り付いた。
「確かめに行こうよ」
「は?」
「確かめに行こうよ」
「いやいや」
なにも彼女が何を言ったのか聞こえなかったわけではない。
こいつはなにを言っているんだ? という意味である。
彼女は「ふふふ」とノゾムの反応を笑って彼の手を握った。
「この街出たことないでしょ。あたしも、ノゾムも。遠くにいこうよ。よーするにあたしたちがしてるのってかくれんぼじゃない? 遠くに行った方が有利だし」
「遊びなのかよ」
と言う彼の言葉を遮って、ナナカはまだ話を続ける。
「ずっと遠くまで。行ける所まで行こう。このまま死ぬって――」
嫌だから、とナナカは微笑んだ。