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敵がいるということを二人は認識した。
まだこの時代は安心して生きていけるようにはなっていないらしい。
赤い蜂のような存在――。
ただその存在が、エッジに酷似しているのかといえば、そうではない。
針もなければ、音もなければ、匂いもない。
ただなんとなく、フォルムが似ているというだけだ。
ノゾムは記憶を頼りに、ナナカに何があったのかを話していた。
そのとき、まるで自分がそこに二人いたような――妙な感覚が彼の頭に痛みを生んだ。
「まだ、終わらないのね」
「終わらない。次のマザーが既に、目覚めているのかもしれないな」
誰かに移ったということはまだ信じられないノゾムだったが、新たな脅威が出てきた以上、その話を信じないわけにはいかない。
「マザーの捜索を急ごう」
「巣があるのなら、わかりやすいのに――」
ただその巣も、この地にあるのかわからないわけだが。
とにかく、二人だけではこれ以上の進展は期待できない。
多くの人手が必要だと二人は考えた。
しかし、人手なんてものはすぐに見つかるものではない。
もう彼らと同じように、外を出歩いている人影は数少ない。
エッジに対応して生き残った彼らでも、赤い蜂には――。
行き詰まった、とノゾムは思った。
外に出てしまえば、どこにいるのかわからない赤の蜂を警戒し続けなければならない。
遭遇してしまえば、そこで終了だ。
エッジと違って、近づいてくる予兆がない。
確認できないままに接近されてしまう。
吹雪の中では、例え赤いボディであっても、目視することは困難だろう。
なんにせよ、動き出さなければ――。
ノゾムは立ち上がった。
勢い余って転がる椅子が、大きな音を立てる。
二人は肩を震わせて、どこか遠くを見つめた。コロコロと丸椅子は転がっていく。
机にぶつかって、コトンと反発してまた転がっていく。
「……」
ここは基地の中。
ノゾムとナナカ以外には、誰もいない。
椅子の音が止んで、基地に静寂が訪れる。
空耳だとは思えなかった。
何かが砕かれる音が、基地の中を走って行ったのだ。
「――」
微かに音が聞こえる。
近くはない。
「ナナカ」
ノゾムの声に、ナナカは目を伏せた。
「基地を放棄する」
そして二人は、基地を飛び出していく。
仲間を探すことは不可能だ。
いまの二人には、逃げることしかできない。
行く当てもないまま――。
ナナカは基地を振り返る。
もうその場所に帰ってくることはないだろう。
それはナナカにとって初めての敗走だった。
戦いもしていない。
姿を見てもいない。
握った拳をすぐに解いて、彼女はノゾムを追いかけていく。
これからのことは何も考えられないまま――。




