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数が一向に減らない。
一定数の化け物は処理できたはずだった。
どれだけ大きな音を立てても、大きな炎を上げても、彼のいる建物にサイレンがなれば、また化け物たちが集まってくる。
いよいよ、出口のすぐ近くまで来たところで、彼は最大の危機を迎えていた。
窓を飛び出そうと、いつものように火をつ――ライターのガスが切れてしまったのだ。
灯りとして手に入れていた懐中電灯も、チカチカと頼りない光をだすだけで、ライターがあるからと気にしていなかったことが悔やまれた。
いくつか前の建物に、一回り大きな懐中電灯があったのだ。
大きいから持っていく必要はないと、あの判断は間違っていたということになる。
頼りないライトだけでも大丈夫だ、と彼は自分に言い聞かせた。
もう出口まで走るのみ――と窓を叩き割ったところに、顔があった。
すぐさま違う窓に向かう――。
どの窓を見ても、顔が並んでいた。
サイレンが鳴り始めてから大して時間も経っていないというのに、ここに彼がいると、すべての化け物が知っているかのようだった。
窓を叩き割ってしまったおかげで侵入口を与えてしまったことに気がついたのは、ガラスを踏む音が聞こえてからだった。
二階に駆け上がり、窓から下を覗き込む。
建物は完全に包囲されてしまっている。
一階から外に出ることは不可能だ。
「ここまで来たんだぞ。ここまで!」
出口の門は見えていた。
大きな壁のおかげで、その門の先に何があるのかはわからないが、そこにいけばもう化け物はいないだろう。
「飛び降りるしか、ないな。クッションはたくさん来てるんだから簡単だろ。あーあー、やれってば。さっさと飛び降りろって」
割れたガラスが降っていく。
音につられて、いくつもの顔が空を見上げた。
どこを怪我してしまおうが気にする必要はない。
出口にさえたどり着くことができるのなら――。
「ぐっ――――!」
3体を踏み潰して、痺れる体を無理やり起こす。
足に怪我はない。
問題なく走れる。
と、左腕を何かに掴まれていた。
痛みはなかった。
喰い破られている。
吹き出す血を、ぼんやりと見つめていた。
「走れ、走れって! もうすぐそこだろ!」
千切れる肉を置いて、無茶苦茶に走り出した。
音を立てていなくても、化け物たちは集まってくる。
空は少し明るくなって、灯りがなくともはっきりと街の様子がわかった。
ほんの数十メートルだ。
向かってくる者たちを相手にする必要はない。
言うことを聞かない左腕をぶら下げて、包丁を握った右腕を振り回す。
肉を抉った刃が、骨に挟まれて彼の腕を離れた。
足を止めてはいけない。
彼は振り向きもせず走った。
あと数メートル――いや、もう手が届く。
着いた。
彼はついに、出口に着いたのだ。
途端に町中からサイレンが鳴り始め、彼を追っていた化け物たちが、音を追って彼から離れていく。
「……」
終わったのだ、と彼は座り込んだ。
力を失った左腕を見下ろして、頭の奥に鈍い痛みがじんわりと広がっていくのを感じていた。
門を見上げて、彼は震える口を開く。
「鍵穴……?」
ここがゴールだったのだ。
ここで終わりだったのだ。
ポケットから地図が転がり、彼にまた街の全容を教えてくれる。
ひとつの建物に鍵のマークがあった。
おそらく彼が入った建物だ。
彼が燃やした建物だ。
その残骸から鍵を探すのか?
この地獄の街を、もう一度戻らなければならないのか?
「ここが出口だろ! ここで終わりだろ! 俺は、ここまで来たんだぞ! ここまで、必死に――」
ジジジ、と何かが動く音がした。
彼は何度も門を叩き、ただひたすらに叫んでいた。
ジジジ、ジジジと――。
彼はやっと顔を上げる。
それが何なのか、彼にはわからなかった。
赤い光が、彼を睨みつけている。
街のサイレンが止まった。