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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
断章 紅の瞳
132/147

 

 初めてチョコバーを口にした。


「……」


 大したものではないな、と彼は思った。

 甘さばかりで、味に深みがあるというわけでもなく――大事に後にとっておくようなものではないと、そう思ったところで、彼は自分の体の異変に気がついた。

 視界が霞む。

 頬を伝って、抱えていた膝に雫が走っていった。

 それが何なのか彼にはわからなかった。

 これまで部品としてのみ生きていたから、人間としての感情がやっと動きだしたのだとしても、彼にはそれが何なのかわからない。


 側に落ちている3つの屍は、彼に倒されたものだ。

 本当ならすぐにその場を離れるべきだったのだろうが、彼は最後の一体を排除したあと、何かが切れたように座り込んだまま動けないでいた。

 チョコバーをまた一口齧ったあと、彼は先のことを考えた。

 こんなところに長くはいられない。

 今すぐにでも、出口に向かうべきだ。


 しかし、と彼はライターで火を灯した。

 はっきりと確認できるのは周囲2メートルといったところか。

 これでは安全に移動することは不可能だろう。


 彼は知らない。

 待ち続ければ街が明るくなるということを。


「それでも行く。ああ、止まるな」


 ライターの灯りを頼りに、先へ進んでいく。

 出口に向かうためには、いまの装備では無理がある。

 まずは、三体との戦闘で使いものにならなくなった果物ナイフの代わりと、ライターよりも遠くを照らせるもの。

 そのためにはどこか建物の中に入らなければならない。


 暗闇の中では視覚を頼るべきではない。

 音だけではなく、匂いも、周囲の状況を知る情報になる。

 窓を割って中に入ることは避けるべきだ、と彼は考えた。

 この暗闇の中では、視界がはっきりしないのは彼も、よくわからない者たちも同じである。

 音を出さずに、建物の中に入るためには、ドアを通る必要がある。

 街の中にある建物はどれも同じ作りになっていて――。


「ああ、そうか」


 どの建物にもドアは二つ。

 玄関と裏口。

 しかし裏口は鍵が掛かってしまっていて、鍵を破壊するにはいまの持ち物では難しいだろう。

 そもそも大きな音が出てしまうから、そんなことはまずできないのだが。


 となると、建物の中に入るためには玄関しか道はない。


 地図を広げた。

 街の中心にある大通りには未だ多くの化け物がいるだろう。

 出口のあるその通りには、いつか戻らなければならないだろうが。

 大通りとは別に、平行した道が二本。

 大通りほどの広さはないが、その三本を繋ぐ横道が一本。

 建物の間の小道を除けば、基本的にその4本の道が、この街を走っている。


 どの建物も、玄関は道に面している。

 大通りだけが、化け物だらけになっているとは思えないだろう。

 中央大通りにでるのは、不可能だ。

 他の通りに出るしかない。


 もちろん、それだけで終わる話ではない。

 はじめに入った建物には、チョコバーはあったが、他に使えそうなものはなかった。

 全ての建物にチョコバーがあるとは――まだ何となく期待してしまっている彼の思いはあるが――まず、ないだろう。

 つまり、彼が考えていることは、家に何があるかは、入ってみるまでわからないということだ。


 何にせよ、大きな通りには出なけばならない。

 灯りを消して通りを覗き込んだ彼は、その光景に息を飲んだ。

 大通りは避けたけれど、どの通りもやはり光景は変わらないのだ。

 灯りをつけなければ、バレない可能性は高い。

 彼は息を止めて、ついに走り出した。

 すぐ近くの建物で良い。

 視線が彼に向くまでに、建物の中へ――。

 やはり鍵は閉まっていないようだ。

 彼は、そっと扉を閉める。

 誰にも見つからなかったようだ。

 安心して、彼はライターを灯した。


 何があるか、入ってみるまではわからない。

 入るまでにしなければならないことはあったのだ。

 窓は割れない。

 だから窓からは入れない。

 そこまではいいのだ。


 その建物の中を確認するために、窓から中を覗くということを彼はしなかった。


 中にいた化け物たちは、光を追って蠢きだしている。

 ライターを慌てて消しても、もう遅かった。


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