6
また音が止まった。
彼は走ってきた道を振り返った。
追いかけてくるものはないが、まだなにかに見られているような感覚がある。
また建物の中に隠れたほうがいいのかもしれない。
「なんだ……?」
少しずつ街が暗くなっていく。
空にあった絶対的な光が、どこかに逃げていくようだった。
途端に底のない恐怖が彼を襲う。
街が暗くなるということがどういうことなのか、彼にはすぐ理解できた。
街に灯りはない。
灯りになるようなものは、自分のもっているライターのみ。
これでは安全な視界を確保することができないだろう。
彼なら一体であれば、街に彷徨く化け物を排除することができる。
それは彼自身自覚していた。
しかしそれにはあまりに多くの条件がある。
いや、そもそもの話、一体とだけ遭遇することなど、あるはずがないのだが。
家と家の間――。
両手を広げるほどの広さもない小道の先に、顔だけが生えている。
それが何を思ってそうしているかなんてものは、誰にも想像できないことだが。
ただ地面に倒れ、彼のいる小道を覗き込んでいるだけだったとしても、その不気味さに彼は動揺した。
ただ踏みつけて走り抜けるだけでよかったのだろうが、彼は、このまま真っ直ぐ走る抜けることを良しとしなかった。
彼はすぐに道を引き返すことにした。
「なっ!」
数メートル先、二体の影を確認する。
まだこちらには気づいていない。
戻るのはナシだ。
先にいた頭を踏みつけて進む。
それしかない――。
「――」
もうすでに視界には入ってしまっていたのだ。
それが彼に襲いかかってこないと、どうして思えたのだろうか。
起き上がって動き出したそれは、彼の躰を求めている。
一体だ――。
その一体だけを見れば、確かに彼とそれの一対一。
負けはありえない。
ただ、一撃で倒せるわけではない。
二撃で倒せるわけでも――どれだけでそれが動かなくなるのか、彼は把握できていないのだ。
漠然と倒せない相手ではないと感じていただけ。
負けはしないと思い込んでいるだけかもしれない。
正面にそれと向き合うのは、通気口のあれ以来のことだ。
あれは動ける様子はなかったから、確かに恐怖心のようなものは彼にあったのだけれど、落ち着いて処理することができた。
背後から襲われ、咄嗟に、反射的に、反撃し排除することに成功したが、あれはほぼほぼまぐれである。
そう、思い返せば、しっかりとそれと向き合った事など彼にはなかったのだ――。
「迷うな、迷うな!」
何撃必要だったとしても、それは関係ない。
排除できるのであれば、彼は前に進める。
変わらずこの場は、一対一の状況のままなのだから――。
一撃目の後か?
二撃目の後か?
目の前の存在を排除し終わるまでに、後ろの二体が追いついてきた場合はどうするのだ?
今は確かに見つかってはいない。
前を見ていないだけなのだろう。
彼の攻撃は無音ではない。
一撃、二撃――それは数を重ねるたびに、何かを呼び込むサイレンになる。
三撃、それはまだ闇雲に手を伸ばしてくる。
まだ倒れない。
四撃目と同時、彼は振り返って背後を確認する。
まだ大丈夫だ。
五撃目――。
大丈夫だ。足音は迫ってこない。
だが、目の前の存在が倒れる様子はない。
いつまでこれが続くのだろう。
いつまで経っても倒れないものと、背後から迫り来る恐怖に挟まれたまま、街に闇が訪れる――。