5
出口――それは地図に載っているだけで本当のものなのかは分からないが、その場所へは彼のいた門から一本の大道が走っている。
ただ一直線。
門をくぐると出口のようなものはすぐにわかるほど――。
いくつもの目が、彼を捉えていた。
出口までは一本道だ。
だが――地響きのように足音がなる。
ひとつやふたつの障害なら、彼にどうでもできたことだろうが、数十、いや、数百は超えるその軍勢に正面からぶつかるわけにはいかなかった。
そんな無謀なことはしない。
彼はまずその視線から逃げることに専念することにした。
幸いここは住宅地のようなもので、建物が多い。
中に入ることもできるし、なによりそのおかげで、隠れられる場所が多そうだ。
手始めに、一番近くの家に隠れることにする。
彼はまずどこから入るべきかを考えた。
扉を開けてしまうことが何故か危険な気がした。
扉は道に面している。
そこに入った――そう相手が理解できる生き物だったとすれば、そこを通るべきではない。
彼は最初の目的、視界を切るために建物の影を走り、窓を蹴破った。
多少の音など気にしない。
建物の中が安全だと信じているわけではなかったが、いても大した人数ではないだろう。
建物に身を投げ込み、そこで、通気口のあたりのサイレンが止まっていることに気がついた。
あのサイレンは何だったのか、彼はほんの数秒考えて、入り込んだ建物の中を調べてみることにした。
安全かどうかを知るのも大事だったが、拠点にできればと考えていたのである。
一階、問題なし。
二階、問題なし。
建物の中はやけに綺麗だった。
まるで誰も入ったことがないというほどに――。
物はあるというのに、人がいたという形跡がない。
道にはあれだけよくわからないものばかりだ。
人がいないのは仕方がないにしても、いた形跡がないとなると――。
彼は水アカのないシンクに水を流し、匂いを確認した。
普通の水だ。
飲んでも問題はないだろう、と彼は空の水筒に水を注ぐ。
食べ物もなにかあればいいのだが、彼はあたりを見渡して、隅にあった腰までしかない小さな冷蔵庫を開けた。
「ち、チョコバーだ! 2本もあるぞ!」
アルミホイルに包装されたふたつのものをチョコバーだとすぐに見抜いたのは、彼がずっとその食べ物を欲しがっていたからである。
街では配給されたものしか食べられない。
それは、部品たちの話であり、部品たちを操る何かは違う。
彼らは好きなものを手にしていたし、中には部品たちに見せびらかしていた者も――。
部品たちはそんなものを見ても反応しない。
彼のような異物を除いて。
「いいんだよな? だれもここにはいないんだから」
ペリペリと初めての包装を破り、甘い香りに口元が思わず緩む。
この時ばかりは、外のことも忘れていた。
ずっと憧れていたものなのだから。
「あー――――」
口を開けたところだった。
サイレンが鳴っている。
ドアを叩く音がした。
来客である。
「まて、まてよ。まてってば」
ノックの音がだんだん大きくなっていく。
サイレンは、彼のいる建物の中から響いている。
「うぅ、うっ――」
もう口を閉じるだけだったのだ。
噛みつくだけだったのだ。
しかし、どうせならのんびりと食べたいと思うってしまうのが、彼だった。
なにせ初めてなのである。
ドアの砕ける音と同時、彼は侵入した窓とは違う窓から外に脱出する。
すぐ近くの家に入るのは躊躇われた。
全てが賢い化け物ではないかもしれない。
耳の悪いやつらが、違う建物に流れ込むことだってあるかもしれない。
彼はチョコバーをまた綺麗に包装しなおして、建物の合間を走り抜けていく。
ちらりと確認した地図は、まだたくさんの建物があることを教えてくれた。
「ま、そう難しく考える必要はないか」
全部の建物を回ってもいい。
抱えきれないほどのチョコバーが、待っているかもしれないから。
出口に向かうのはもう少し先になるだろう。