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Ice A GE(アイスエイジ)  作者: 重山ローマ
断章 紅の瞳
130/147

 

 出口――それは地図に載っているだけで本当のものなのかは分からないが、その場所へは彼のいた門から一本の大道が走っている。

 ただ一直線。

 門をくぐると出口のようなものはすぐにわかるほど――。


 いくつもの目が、彼を捉えていた。

 出口までは一本道だ。

 だが――地響きのように足音がなる。

 ひとつやふたつの障害なら、彼にどうでもできたことだろうが、数十、いや、数百は超えるその軍勢に正面からぶつかるわけにはいかなかった。

 そんな無謀なことはしない。


 彼はまずその視線から逃げることに専念することにした。

 幸いここは住宅地のようなもので、建物が多い。

 中に入ることもできるし、なによりそのおかげで、隠れられる場所が多そうだ。


 手始めに、一番近くの家に隠れることにする。

 彼はまずどこから入るべきかを考えた。

 扉を開けてしまうことが何故か危険な気がした。

 扉は道に面している。

 そこに入った――そう相手が理解できる生き物だったとすれば、そこを通るべきではない。


 彼は最初の目的、視界を切るために建物の影を走り、窓を蹴破った。

 多少の音など気にしない。

 建物の中が安全だと信じているわけではなかったが、いても大した人数ではないだろう。

 建物に身を投げ込み、そこで、通気口のあたりのサイレンが止まっていることに気がついた。

 あのサイレンは何だったのか、彼はほんの数秒考えて、入り込んだ建物の中を調べてみることにした。

 安全かどうかを知るのも大事だったが、拠点にできればと考えていたのである。


 一階、問題なし。


 二階、問題なし。


 建物の中はやけに綺麗だった。

 まるで誰も入ったことがないというほどに――。

 物はあるというのに、人がいたという形跡がない。

 道にはあれだけよくわからないものばかりだ。

 人がいないのは仕方がないにしても、いた形跡がないとなると――。


 彼は水アカのないシンクに水を流し、匂いを確認した。

 普通の水だ。

 飲んでも問題はないだろう、と彼は空の水筒に水を注ぐ。

 食べ物もなにかあればいいのだが、彼はあたりを見渡して、隅にあった腰までしかない小さな冷蔵庫を開けた。


「ち、チョコバーだ! 2本もあるぞ!」


 アルミホイルに包装されたふたつのものをチョコバーだとすぐに見抜いたのは、彼がずっとその食べ物を欲しがっていたからである。

 街では配給されたものしか食べられない。

 それは、部品たちの話であり、部品たちを操る何かは違う。

 彼らは好きなものを手にしていたし、中には部品たちに見せびらかしていた者も――。

 部品たちはそんなものを見ても反応しない。

 彼のような異物を除いて。


「いいんだよな? だれもここにはいないんだから」


 ペリペリと初めての包装を破り、甘い香りに口元が思わず緩む。

 この時ばかりは、外のことも忘れていた。

 ずっと憧れていたものなのだから。


「あー――――」


 口を開けたところだった。

 サイレンが鳴っている。

 ドアを叩く音がした。

 来客である。


「まて、まてよ。まてってば」


 ノックの音がだんだん大きくなっていく。

 サイレンは、彼のいる建物の中から響いている。


「うぅ、うっ――」


 もう口を閉じるだけだったのだ。

 噛みつくだけだったのだ。

 しかし、どうせならのんびりと食べたいと思うってしまうのが、彼だった。

 なにせ初めてなのである。


 ドアの砕ける音と同時、彼は侵入した窓とは違う窓から外に脱出する。

 すぐ近くの家に入るのは躊躇われた。

 全てが賢い化け物ではないかもしれない。

 耳の悪いやつらが、違う建物に流れ込むことだってあるかもしれない。

 彼はチョコバーをまた綺麗に包装しなおして、建物の合間を走り抜けていく。

 ちらりと確認した地図は、まだたくさんの建物があることを教えてくれた。


「ま、そう難しく考える必要はないか」


 全部の建物を回ってもいい。

 抱えきれないほどのチョコバーが、待っているかもしれないから。


 出口に向かうのはもう少し先になるだろう。


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