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「――」
部品として他より優れていたことなどなにひとつなかった。
街の中、おそらく最低性能。
だからこそ、彼は単独で仕事をさせられていた。
彼は異物であり、他の部品に影響を与える可能性があったのだろう。
人には何かひとつは取り柄のようなものがある。
彼は部品となることはできなかったのかもしれないが。
彼にとってそれは、異常なまでの戦闘センスだった。
突然の危機的状況に、ナイフを持った人間ならどうするのか。
大概の人間は、武器を使う。
ナイフという武器に頼る。
握っている武器が背後の敵にまで届くには、一秒では足りない。
相手が化け物だというだけに、自分の体でどうにかできると思う人間はまずいないだろう。
武器を振るまでに、彼は振り返りながら肘を打ち込んでいた。
大きく開かれた口は、それが何なのか一瞬では判断できないものだが、『危険』だと思えば、彼にとってそれは何だって構わない。
『危険』ならば排除するのみ。
骨が砕ける音がした。
彼は目を見開く。
人間を殴りかかったことが一度もなかった彼には、骨を叩く感覚を知らない。
ただ、自分の体のことは知っている。
自分の骨は軽く殴った程度で砕けるものではないし――全力で殴りつけたところでそんなことができるとは到底思えない。
腐っているようだ、と彼は思った。
倒れていく体を、観察する。
一部ガラスのようなもので覆われているが、肌が爛れている。
溶けた瞳が、彼を捉えていた。
追撃が必要だ――ナイフを使おうかと一瞬考え、ナイフを握ったまま拳で殴りつける。
「――!」
何度体に打ち込んでも、それが止まる様子はなかった。
胸を――肉を抉る感覚は気持ちのいいものではなかったが――中身をえぐり出してもそれは止まらない。
ならば、と頭部を踏みつける。
また例によって簡単に砕けてしまう。
これではダメージになっていないかと、また腕を振り上げて――。
「……」
それがやっと、動きを止めたのだと気がついた。
終わったのだと安心して息を吐く寸前、周囲を見渡す。
安全確認がいかに重要なのか、もう彼は理解した。
念のためそれが何なのか調べておいたほうがいいかもしれない。
「また文字か」
彼にはその意味はわからない。
その化物の身につけていた衣服には『1』と数字が書かれている。
それが文字だということはわかっても、やはり彼には意味を理解することはできないが。
腰に筒のようなものを身につけている。
念のためまたもう一度周囲を見渡して、中身を確認した。
「……?」
地図だ、と一目でわかった。
登ってきた通気口の出口、街につながる門――その先になにがあるのかもしっかり書かれていた。
文字は読めないが、図面やマークくらいは理解できる。
「と、すると……出口はここか」
持っているものだけで、ここを脱出する。
奇妙な雰囲気はまだ漂ったまま、ここにはきっと安全な場所なんてものはないのだろう。
――――。
歩き出す彼の後ろ姿を、何かが見ている。
彼は気づかないまま、死の街へ進んで行く。